飯塚市/飯塚市デジタルミュージアム

年表一覧
年表1   年表2

西暦    :       ~               
No 元号年 西暦年 事項文 備考 関連
1 明治2年 1869

2月

鉱山解放令布告、石炭採掘自由化

2 明治5年 1872

3月

太政官布告「鉱山心得書」発布

3 明治5年 1872

9月

福岡県・焚石仕組法・焚石会所を廃止

4 明治5年 1872

麻生太吉、石炭採掘事業(「目尾御用炭」)

5 明治6年 1873

7月

20日

日本初の成文鉱業法「日本坑法」布告

6 明治6年 1873

10月

麻生太吉、忠隈炭坑開発着手

7 明治10年 1877

福岡県内年間出炭7万トン

8 明治13年 1880

10月

麻生太吉、平恒煽石坑開坑

9 明治14年 1881

杉山徳三郎、目尾炭坑で筑豊初の蒸気機関揚水に成功

10 明治18年 1885

11月

筑豊坑業組合設立

11 明治19年 1886

1月

筑豊五郡川艜組合設立

12 明治19年 1886

安川敬一郎、明治炭坑開発着手

13 明治22年 1889

1月

官営三池炭坑を三井に払下げ

14 明治22年 1889

5月

麻生太吉、鯰田炭坑を三菱に譲渡

15 明治23年 1890

筑豊五郡の出炭100万トン突破

16 明治25年 1892

山本作兵衛、嘉麻郡笠松村鶴三緒(現・飯塚市)に生まれる。

17 明治26年 1893

11月

筑豊石炭鉱業組合発足

18 明治27年 1894

4月

麻生太吉、忠隈炭坑を住友家に譲渡

19 明治28年 1895

若松石炭取引所設立

20 明治28年 1895

平恒炭坑(のちの三菱飯塚炭鉱)開坑

21 明治29年 1896

5月

三井山野炭坑開坑

22 明治29年 1896

全国出炭500万トン突破

23 明治32年 1899

6月

15日

豊国炭坑ガス爆発(死亡210人)

24 明治32年 1899

12月

1日

官営製鉄所二瀬出張所設置(高雄・潤野炭坑買収)

25 明治33年 1900

3月

11日

三井鉱山、田川採炭組を買収

26 明治34年 1901

全国石炭山従事者75,230人

27 明治36年 1903

全国出炭1,000万トン突破

28 明治37年 1904

筑豊初の水洗選炭機、麻生豆田炭坑に設置

29 明治38年 1905

3月

8日

鉱業法公布

30 明治39年 1906

1月

穂波村に中島炭坑開坑

31 明治39年 1906

日鉄中央坑、竪坑完成

32 明治39年 1906

旧伊藤伝右衛門邸(幸袋本邸)、この頃建設

33 明治40年 1907

7月

20日

豊国炭坑ガス爆発(死亡365人)

34 明治40年 1907

筑豊四郡の川艜総数4,707人

35 明治42年 1909

4月

1日

安川敬一郎、戸畑に明治専門学校(現九州工大)創設

36 明治42年 1909

11月

24日

貝島桐野一坑ガス爆発(死亡256人)

37 明治43年 1910

7月

1日

製鉄所二瀬出張所、穂波村枝国に移転

38 明治43年 1910

9月

三井田川、伊田立坑完成

39 明治44年 1911

3月

飯塚病院竣工(大正9年、一般に診療開放)

40 明治44年 1911

6月

1日

住友忠隈炭坑ガス爆発(死亡73人)

41 大正2年 1913

2月

6日

製鉄所二瀬中央坑ガス爆発(死亡103人)

42 大正2年 1913

全国出炭2,000万トン突破

43 大正3年 1914

5月

大正鉱業㈱創立、社長 伊藤伝右衛門

44 大正3年 1914

11月

6日

三菱方城炭坑ガス爆発(死亡669人)

45 大正4年 1915

中島徳松、飯塚炭坑経営開始(のちの三菱飯塚炭坑)

46 大正5年 1916

11月

2日

貝島太助没

47 大正6年 1917

3月

久恒鉱業小正炭坑開坑

48 大正6年 1917

10月

21日

貝島桐野二坑ガス爆発(死亡369人)

49 大正7年 1918

8月

1日

中島徳松「中島鉱業㈱」設立

50 大正7年 1918

12月

10日

筑豊初の炭坑労働組合、友愛会後藤寺支部結成

51 大正8年 1919

全国出炭3,000万トン突破

52 大正10年 1921

10月

21日

柳原白蓮事件おこる

53 大正10年 1921

全国石炭鉱業連合会結成

54 大正11年 1922

6月

25日

筑豊炭坑坑夫組合結成

55 大正13年 1924

8月

25日

三菱鉱業、中島鉱業の経営受託

56 大正13年 1924

三菱飯塚炭坑病院開院

57 昭和4年 1929

12月

住友忠隈炭坑病院開院

58 昭和5年 1930

1月

女子の坑内労働禁止

59 昭和7年 1932

住友忠隈炭坑ガス爆発(死亡18人)

60 昭和8年 1933

12月

8日

麻生太吉没

61 昭和9年 1934

11月

30日

安川敬一郎没

62 昭和11年 1936

4月

15日

住友忠隈炭坑、人車ロープ切断事故(死亡57人)

63 昭和11年 1936

全国出炭4,000万トン突破

64 昭和12年 1937

6月

1日

明治鉱業、平山鉱業を合併、同社平山炭坑となる

65 昭和12年 1937

11月

鉱業報国運動はじまる

66 昭和13年 1938

10月

15日

石炭坑爆発予防試験所を直方市に設置

67 昭和14年 1939

1月

21日

貝島大之浦坑ガス爆発(死亡92人)

68 昭和14年 1939

10月

この頃より朝鮮人労務者の筑豊集団移入はじまる

69 昭和16年 1941

11月

25日

石炭統制会発足

70 昭和17年 1942

3月

22日

勤労報国隊、全国各炭坑に出動

71 昭和19年 1944

3月

22日

三菱飯塚炭坑ガス爆発(死亡45人)

72 昭和19年 1944

4月

19日

全国主要炭鉱、軍需工場に指定

73 昭和20年 1945

4月

6日

明治鉱業、東邦炭鉱㈱天道炭坑買収

74 昭和20年 1945

10月

18日

筑豊で戦後初の労組、田篭鉱業昭嘉坑で結成

75 昭和20年 1945

11月

GHQ、中国・朝鮮人労務者送還指示

76 昭和21年 1946

4月

22日

全日本炭鉱労働組合結成

77 昭和21年 1946

5月

22日

石炭統制会解散

78 昭和21年 1946

7月

31日

日本鉱山労働組合結成

79 昭和21年 1946

12月

石炭、鉄鋼傾斜生産方式はじまる

80 昭和22年 1947

5月

11日

日本炭鉱労働組合総連合(炭連)結成

81 昭和22年 1947

6月

2日

配炭公団発足

82 昭和22年 1947

10月

12日

日鉱、炭連で日本炭鉱労働組合(炭労)結成

83 昭和22年 1947

12月

8日

炭鉱国家管理法成立

84 昭和22年 1947

12月

15日

伊藤伝右衛門没

85 昭和23年 1948

3月

10日

日本石炭協会創立

86 昭和24年 1949

9月

16日

配炭公団廃止、石炭自売制となる

87 昭和25年 1950

5月

2日

石炭国管廃止

88 昭和25年 1950

9月

16日

各炭坑のレッドパージはじまる

89 昭和26年 1951

3月

三菱炭鉱カツベ採炭開始、以後筑豊の各坑に広まる

90 昭和27年 1952

10月

炭労63日の長期スト

91 昭和28年 1953

朝鮮戦争終結により炭界不況、筑豊の失業者1万人を突破

92 昭和29年 1954

3月

明治鉱業天道炭坑閉山

93 昭和30年 1955

2月

通産省、筑豊炭田の埋蔵炭量28億トンと発表

94 昭和30年 1955

9月

1日

石炭鉱業合理化臨時措置法施行

95 昭和33年 1958

2月

1日

三菱飯塚炭鉱より㈱筑豊機械製作所(現ダイヤ機械㈱福岡製作所)分離独立

96 昭和34年 1959

9月

10日

黒い羽根運動本部発足

97 昭和34年 1959

12月

三井三池大争議はじまる

98 昭和35年 1960

2月

25日

麻生綱分閉山

99 昭和35年 1960

7月

20日

三井三池ホッパー前労使激突寸前、労相介入により事態収拾

100 昭和35年 1960

9月

1日

石炭鉱業合理化事業団発足