益田市・益田市教育委員会/益田市デジタルアーカイブ

年表一覧
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西暦    :       ~               
No 元号年 西暦年 事項文 備考 関連
1 旧石器時代(前2万年) 0000

鹿児島アイラ火山が噴火し、火山灰がおりる(新槇原遺跡、石刃状剥片が出土)。

p146

2 縄文時代(前8000~前300) 0000

縄文人、匹見地区で生活。

p146

3 弥生時代(前300~300) 0000

この頃益田平野の大部分は淡水と海水の混じる汽水湖(古益田湖)であった。

p162

4 弥生時代(前300~300) 0000

高津川下流域で環濛集落や丘陵上の高地性集落ができる(羽場遺跡ほか)。

5 古墳時代(300~) 0300

平野部に石見地方最大の前方後円墳の大元1号墳やスクモ塚古墳が築造される。

6 古墳時代(300~) 0300

小規模な円墳や横穴墓が築かれる(鵜ノ鼻古墳群ほか)。

7 神護景雲2 0768

額田部蘇堤売、貧民の救済の孝徳により朝廷から、全国18名中の一人として表彰される。

8 承知3 0836

11

都茂銅山の採掘始める。

p129

9 元慶5 0881

都茂郷丸山より銅を産出。

p129

10 永久2 1114

6

益田氏祖、藤原国兼、石見国司として赴任。

11 元暦1~2 1184

兼栄兼高父子、源頼朝の指揮により、義経に従い一の谷の戦いで軍功をあげる。

12 建久 1190

兼高、国府地域から益田に本拠を移し、以後益田氏を名乗る。

p8

13 正平23 1368

このころ、益田兼見、三宅御土居を築造する。

p9

14 慶長5 1600

11

益田元祥、長門須佐に移る。

p11

15 元和3 1617

7

亀井政矩、鹿野より津和野藩主として移封。

p89

16 元和5 1619

4

多賀是兵衛、飯浦で没。

p91

17 万治3 1660

雁丁池を造った僧 願長没。

18 宝永4 1707

12

長嶺嘉左衛門、蟠竜湖より疎水して新田を作る。

p67

19 宝永7 1710

6

長嶺嘉左衛門没。

p67

20 享保17 1732

7

石見国虫害で大凶作。井戸正明、幕府の囲米を放出して、民衆を救助し、また薩摩より甘藷を求めて栽培。

21 天明7 1787

この頃、国東治兵衛、備後より藺草を求めて帰り、畳表を普及する。

p82

22 嘉永2 1849

9

米原恭庵、牛痘を初めて接種。

23 嘉永4 1851

可部安都志、津和野藩校養老館で教え、本道医師兼外科の免鑑を受ける。

p119

24 慶應2 1866

6

第2次幕長戦争石州口の戦に幕軍敗退。

p48

25 明治1 1868

4

明治維新

26 明治3 1870

1

浜田県ができる。

27 明治5 1872

1

益田に美濃郡役所ができる。

28 明治5 1872

2

浜田大地震がおこる。

29 明治5 1872

7

益田郵便取扱所(今の益田郵便局)ができる。

30 明治9 1876

4

浜田県が島根県といっしょになる。

31 明治9 1876

7

益田警察署ができる。

32 明治18 1885

国道9号の工事が始まる。

33 明治18 1885

人力車が登場する。

34 明治22 1889

4

町村の制度ができ、美濃郡は21町村となる。

35 明治26 1893

5

右田朝子、日本初の眼科女医となる。

p29

36 明治26 1893

益田・日原間に客馬車が通うようになる。

37 明治27 1894

2

益田郵便局で電信事務始まる。

38 明治27 1894

8

日清戦争がおこる。

39 明治29 1896

10

益田税務署ができる。

40 明治35 1902

このころ各地に農業組合や漁業組合ができる。

41 明治37 1904

2

日露戦争がおこる。

42 明治41 1908

9

益田郵便局に電話が創設される。

43 明治43 1910

4

秦佐八郎、サルバルサン発見。

p127

44 大正3 1914

8

第1次世界大戦が始まる。

45 大正3 1914

10

益田地方を初めてバスが走る。

46 大正12 1923

3

石見益田駅、開通式。

p142

47 大正12 1923

4

山口線、石見益田駅-津和野駅区間開通。

48 大正12 1923

9

関東大震災がおこる。

49 大正12 1923

12

山陰線、石見益田駅-三保三隅駅区間開通。

50 大正13 1924

8

益田索道を架設。

p143

51 大正14 1925

3

山陰線、石見益田駅-戸田小浜駅区間開通。

52 大正15 1926

1

益田小河自動車商会(今の石見交通)ができる。

53 昭和2 1927

6

山陰線、戸田小浜駅-飯浦駅区間開通。

54 昭和8 1933

10

益田にはじめて上水道がしかれる。

55 昭和11 1936

3

潮恵之輔、内務大臣兼文部大臣となる。

p108

56 昭和11 1936

5

益田共存病院(今の益田赤十字病院)が赤城町にできる。

57 昭和12 1937

3

益田川の改修工事が完成する。

58 昭和12 1937

12

益田保健所ができる。

59 昭和13 1938

須子町に石見人絹工場(今のダイワボウレーヨン)ができる。

60 昭和14 1939

9

第2次世界大戦が始まる。

61 昭和16 1941

2

益田・高津・吉田がいっしょになって石見町となる。

62 昭和16 1941

7

山陰合同銀行ができる(以後、各金融機関ができる)。

63 昭和16 1941

12

太平洋戦争が始まる。

64 昭和17 1942

10

高角橋ができる。

65 昭和18 1943

4

石見交通株式会社ができる。

66 昭和18 1943

7

石見町が益田町となる。

67 昭和18 1943

9

石見地方に大水害。益田で死者108名。

68 昭和20 1945

8

太平洋戦争が終わる。

69 昭和21 1946

8

益田商工会議所ができる。

70 昭和22 1947

4

町・村長・県知事が選挙で選ばれる。

71 昭和22 1947

6

安田公民館ができる(以後、各町村にもできる)。

72 昭和22 1947

11

益田で最初の競馬が開かれる。

73 昭和23 1948

2

益田に農業協同組合ができる。

74 昭和24 1949

6

益田電報電話局(NTT)ができる。

75 昭和26 1951

7

益田索道撤去。

p145

76 昭和26 1951

11

益田信用組合ができる。

77 昭和27 1952

8

益田町、安田村、豊川村、北仙道村、豊田村、高城村、中西村、小野村がいっしょになって益田市となる。

78 昭和27 1952

10

益田市街の舗装が駅前よりはじまる。

79 昭和28 1953

4

市章・市歌決まる。

[益田市マップ]

80 昭和29 1954

4

東仙道、都茂、二川村が一緒になり美都村(のち美都町)となる。

81 昭和30 1955

2

匹見上村、匹見下村、道川村が一緒になり匹見村(のち匹見町)となる。

82 昭和30 1955

3

鎌手村、種村、真砂村、二条村、美濃村が益田市と一緒になる。

83 昭和30 1955

7

市立老人ホーム清月寮ができる。

84 昭和32 1957

木炭生産、戦後最高となる。

85 昭和36 1961

1

益田市役所庁舎ができる。

86 昭和37 1962

益田漁業協同組合ができる。

87 昭和37 1962

国道9号改修工事(須子~遠田間)が始まる。

88 昭和37 1962

3

小中学校教科書無償化。

89 昭和38 1963

1

大雪、益田市街に50cm、美都で2m、匹見では3m以上積もる(38豪雪)。

90 昭和38 1963

山間部での人口流出による過疎化がはじまる。

91 昭和40 1965

6

益田市青年会議所が創設される。

92 昭和41 1966

1

笹倉防災ダムできる。

93 昭和41 1966

2

工業団地が高津にできる。

94 昭和41 1966

2

高津大橋ができる。

95 昭和41 1966

10

石見益田駅は益田駅と改名。

96 昭和42 1967

11

益田市の花「梅」に決まる。

97 昭和42 1967

「緑の工場」として匹見で造林はじまる。

98 昭和43 1968

飯田児童館できる。その後、益田、吉田、高津にもできる。

99 昭和44 1969

7

匹見タウンホールできる。

100 昭和44 1969

11

益田、加計線が国道に昇格(191号線)。