浜松市立中央図書館/浜松市文化遺産デジタルアーカイブ

年表一覧
年表1   年表2

西暦    :       ~               
No 元号年 西暦年 事項文 備考 関連
1 弘治2 1556

7

中嶋村六本松の諏訪社を,浜松に移す(諏訪大明神)

101
470

2 永禄5 1562

12

井伊直親,掛川城主朝比奈泰能に殺される

7

3 永禄7 1564

4

家康の兵,鷲津本興寺に乱入する,氏真頭陀寺城を攻撃

9

4 永禄7 1564

10

氏真と引馬城主飯尾連竜,和を結ぶ

9

5 永禄8 1565

12

引馬城主飯尾連竜,駿河府中で氏真に誘殺される,家康,江馬安芸守・加賀守に起請文を送る

9

6 永禄9 1566

1

家康,重ねて両名に起請文を送る,2 家康,加賀守に所領安堵状をあたえる

10

7 永禄9 1566

4

氏真,江馬安芸守・加賀守に所領安堵状をあたえる,また三浦与次に引馬領内において所領をあたえる

10

8 永禄10 1567

7

氏真,浜名湖西岸に境目城を築く

11

9 永禄10 1567

8

氏真,鈴木重時・近藤康用に引馬領内において所領をあたえる

10

10 永禄10 1567

連歌師里村紹巴,小引佐峠を越え浜名湖を舟で渡る

178

11 永禄11 1568

2

分器稲荷,創建されるという

472

12 永禄11 1568

4

引馬領入野郷の住民,「引間城内之塀25間」の修築を課せられる(米良文書)

78

13 永禄11 1568

12

徳川家康,遠江に侵入,道案内井伊谷三人衆,18 引馬城に入る

18
19

14 永禄12 1569

1

堀江城大沢基胤ら,宇布見のとりでを攻撃,2 家康,宇津山城を奪回,3 気賀堀川のとりでを攻略,堀江城大沢氏降服する

20

15 永禄12 1569

5

家康懸川城を攻略する

19

16 永禄12 1569

この年末までに家康の遠江経営はほぼその全土におよぶ

21

17 元亀1 1570

6

家康,引馬城(浜松)に移る,この月姉川の戦,堀江の中安安定戦死する

22

18 元亀1 1570

7

家康,上杉輝虎に浜松城の図を贈る,9 改めて浜松に入城する

23
79

19 元亀1 1570

10

家康,三河随念寺に対し井伊谷の地を寄進する

24

20 元亀2 1571

2

信玄,田中城に進出,大井川をわたり遠江に侵入,3 高天神城を包囲する

24

21 元亀2 1571

8

家康,嫡子信康の元服を祝い,浜松城で能楽を催す

25

22 元亀3 1572

5

信玄,遠江・三河侵入を宣言する

25

23 元亀3 1572

10

信玄,甲斐府中を発し,遠江に侵入する

26

24 元亀3 1572

12

22

家康,三方原において信玄と戦い敗れる

28
29

25 元亀3 1572

この年,信玄,刑部において,越年する

30

26 天正1 1573

1

家康,港湾の関所に津留めを命令する

32

27 天正1 1573

11

船越村と池田村の天竜川渡船掟を定める

185

28 天正2 1574

4

家康,犬居城に天野景貫を攻める

34

29 天正2 1574

5

勝頼,高天神城を包囲,小笠原長忠は降服する

34

30 天正2 1574

西嶋村海岸に唐船が漂着する

215

31 天正3 1575

8

家康,諏訪原城を攻略し,牧野城と改める

36

32 天正5 1577

松尾社,旧塩市口より本魚町に移るという

471

33 天正6 1578

2

浜松城を修築する

79

34 天正6 1578

10

28

遠江に地震がおこる

37

35 天正7 1579

1

家康,三河吉良に放鷹する

37

36 天正7 1579

2

松平家忠奉行,浜松城を修築する

79

37 天正7 1579

4

秀忠,浜松城に生まれる

49
470

38 天正7 1579

8

晦日家康正室築山殿,佐鳴湖畔小籔において殺される

39

39 天正7 1579

9

15

信康,父家康の命により二俣城に切腹する,21歳

38

40 天正7 1579

10

松平家忠奉行,浜松城を修築する

79

41 天正8 1580

7

五社明神,浜松城内から常寒山へ遷座,このとき金山社・法雲寺もともに城内から移転するという

79
470

42 天正9 1581

3

22

高天神城陥落,城将岡部長教戦死する

41

43 天正9 1581

9

浜松城を修築する

79

44 天正10 1582

8

家康,普済寺客殿を造営する

13
43

45 天正11 1583

7

家康,浜松城に前太政大臣近衛前久(竜山)を饗応し,今川宗誾(氏真)も陪席する

43

46 天正11 1583

12

家康,浜松荘の樹福院観音領に棟別銭を免除する

13

47 天正12 1584

3

家康,三河・遠江に徳政令を出す

44

48 天正12 1584

高力忠房,浜松で生まれる

108

49 天正14 1586

9

家康,鴨江寺に対し諸役を免除する,また大通院の条規を定める

13

50 天正14 1586

12

4

家康,浜松城を去り,駿府城に移る

49
60

51 天正15 1587

家康,この年から同18年にかけて駿府・岡崎間の各宿駅に伝馬朱印状を発する

49

52 天正17 1589

8

家康,和地村に七か条定書を下付する

53

53 天正18 1590

1

秀吉,頭陀寺に禁制を下す

55

54 天正18 1590

堀尾吉晴,近江佐和山より入府,浜松城主となる

57
85

55 天正18 1590

秀吉,二諦坊に寺領45石を寄進,三遠駿3か国の白山先達職を命ずる

150

56 天正18 1590

浜松魚商人,城内から本魚町に移るという

98
241

57 天正19 1591

3

秀吉朝鮮攻略,軍役令を遠江・駿河・伊豆・三河などに出す

58

58 文禄2 1593

堀尾吉晴,普済寺に制札を下す

58

59 慶長4 1599

堀尾忠氏,吉晴を継ぎ浜松城主となる

85

60 慶長5 1600

9

9 関ケ原の戦

59

61 慶長5 1600

市野惣太夫遠江の代官となり浜名十郷その他を支配する

142

62 慶長5 1600

堀尾忠氏,出雲松江へ転封となる

85

63 慶長5 1600

菩提寺(市内三組町)ができる

457

64 慶長5 1600

このころ本魚町の魚商,肴町に移るという

99
241

65 慶長6 1601

1

伝馬制度定まる,十王町を伝馬町と改め,伝馬役町とし問屋会所をおく

96
200

66 慶長6 1601

松平忠頼,美濃金山より入府,浜松城主となる

85
106

67 慶長7 1602

彦坂光正,飯田新田町百姓中に新田開発を促す

123

68 慶長8 1603

2

徳川家康,征夷大将軍に補せられ幕府を江戸にひらく

59

69 慶長8 1603

12

三州塩の気賀入荷を禁ずる

243

70 慶長8 1603

下垂町の真宗道場,芳蘚寺と称する

459

71 慶長12 1607

角倉了意,天竜川の川底を掘って舟道を開き,堤防を修理する

584

72 慶長14 1609

水野重仲,常陸より入府,浜松城主となる

85
107

73 慶長15 1610

龍禅寺観音堂の開帳がはじまるという

463

74 慶長16 1611

9

水野重仲,遠江国で隼を求め,家康に献上したが返却される

107

75 慶長19 1614

10

二代将軍秀忠,五社・諏訪両明神に参詣する

471

76 元和1 1615

2

二代将軍秀忠,五社・諏訪両明神に参詣する

471

77 元和1 1615

貴平村,綿作の検見引を歎願する

282

78 元和2 1616

杉浦助右衛門,浜松伝馬町に旅人の止宿をいとなむ(本陣)

196

79 元和2 1616

浜松宿の伝馬数75疋となる

98

80 元和2 1616

浜名代官市野惣太夫没する

142

81 元和3 1617

鹿島に十分一番所ができる

214

82 元和4 1618

杉浦助右衛門の御本陣日記の記帳がはじまる

197

83 元和5 1619

水野重仲,紀伊新宮へ転封となる

85
107

84 元和5 1619

高力忠房,武蔵岩槻から入府,浜松城主となる

85
135

85 元和5 1619

幕府,高力忠房に,伝馬人足の朱印改め,荷物の貫目改めの励行を命ずる

102

86 元和5 1619

服部権太夫,今切関所奉行役屋敷を志都呂村に設ける

144

87 元和6 1620

中泉代官,三方原に野米27石を課し,地元の和地・祝田・都田の三か村に分納させる

266

88 元和9 1623

9

幕府,三方原入会につき裁許を下す

266

89 寛永8 1631

浜松宿問屋役,2人上下月番,当番制となる

200

90 寛永8 1631

高力忠房の次男長房死去,池川村天林寺に葬る

102

91 寛永11 1634

2

下石田村の農民と,安間新田村七郎左衛門との間に,田地の所有権につき紛擾がおきる

270

92 寛永11 1634

7

三代将軍家光,五社・諏訪両明神に参詣する

471

93 寛永11 1634

高力忠房,遠江で5千石加増となる

135

94 寛永12 1635

幕府,外様大名に参勤交代を命じる

175
584

95 寛永14 1637

3

助郷制が定まり,浜松宿助郷村に5か村を指定する

201

96 寛永15 1638

高力忠房,五社・諏訪両明神に手洗鉢を献納する

101
108

97 寛永15 1638

伝馬を100疋と定め,塩町を伝馬役町に加える

98

98 寛永15 1638

高力忠房,肥前島原へ転封となる

85
108

99 寛永15 1638

松平(大給)乗寿,美濃岩村より入府,浜松城主となる

85
109

100 寛永16 1639

このころ,市野宿に伝馬があったという

180