長野県立歴史館/信濃史料

信濃史料
年表一覧
年表1   年表2
No 元号年 西暦年 事項文 備考 関連
1 神代 0000

建御名方神、諏訪に入ると伝ふ、

【日】:
【天皇】:神代

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2 是代 0000

神八井耳命の孫健五百健命、科野国造となる、

【日】:
【天皇】:崇神

関連

3 是代 0000

皇子本牟智和気御子の為めに山辺の大鶙を遣はして鵠を捕へしむ、大鶙之を追ひ、尾張国より科野国を経て高志国に至り、、、

【日】:
【天皇】:垂仁

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4 是代 0000

神八井耳命の孫五百建命、科野国造となるの条(追加)

【日】:
【天皇】:崇神

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5 景行五五年 0000

二月

彦狭嶋王、東山道十五国の都督となり、尋いで春日穴咋邑に到りて薨ず、仍りて東国の百姓、、、

【日】:五日
【天皇】:景行

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6 崇神四八年 0000

四月

豊城命をして東国を治めしむ、

【日】:一九日
【天皇】:崇神

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7 崇峻二年 0000

七月

近江臣満を東山道に遣はし、蝦夷の国の境を視察せしむ、

【日】:一日
【天皇】:崇峻

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8 景行五六年 0000

八月

彦狭嶋王の子御諸別王をして東国を治めしむ、時に蝦夷騒動す、王之を討ちて降す、

【日】:
【天皇】:景行

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9 履中四年 0000

八月

始めて諸国に国史を置き、言事を記して中央に通達せしむ、

【日】:八日
【天皇】:履中

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10 応神五年 0000

八月

諸国に海人部及び山守部を置く、

【日】:一三日
【天皇】:応神

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11 成務五年 0000

九月

山河によりて国県を分ち、国郡に造長を立て、縣邑に稲置を置く、

【日】:
【天皇】:成務

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12 継体一〇年 0000

九月

百済、斯那奴阿比多等を高麗使に副へて我が国に遣はし、修好を結ばしむ、 百済、斯那奴次酒等を任那に遣はす、 百済、科野次酒等を遣はして、我が国に軍兵を乞ふ、

【日】:一四日
【天皇】:継体

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13 景行四〇年 0000

一〇月

日本武尊、東征の帰途、信濃国を過り、信濃坂の山神の害を除く、

【日】:
【天皇】:景行

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14 雄略一一年 0000

一〇月

信濃国直丁等、天皇をそしり、罪せられて鳥養部となる、

【日】:
【天皇】:雄略

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15 欽明一三年 0000

一〇月

信濃国善光寺仏、百済より渡来すと伝ふ、

【日】:一三日
【天皇】:欽明

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16 武烈三年 0000

一一月

信濃国の男丁を徴発して、城の形を水派邑に作る、

【日】:
【天皇】:武烈

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17 推古三年 595

信濃国筑摩郡荒田郷五十烟を難波の荒陵寺(四天王寺)に施入す、

【日】:
【天皇】:推古

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18 推古六年 598

聖徳太子甲斐鳥駒に御し、富士山に至り、信濃を経て帰来すと伝ふ、

【日】:
【天皇】:推古

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19 持統八年 600

一二月

藤原京に還都す、この後、他田舎人直大島、藤原宮に調を貢進す、 高井郡より藤原宮に大黄十五斥を貢進す、

【日】:六日
【天皇】:持統

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20 推古一〇年 602

四月

信濃の人若麻績東人、善光寺如来を信濃国水内郡麻績郷に移すと伝ふ、

【日】:八日
【天皇】:推古

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21 推古一五年 607

七月

各国毎に屯倉を置く、

【日】:三日
【天皇】:推古

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22 推古二八年 620

皇太子、大臣蘇我馬子と議し、天皇記及び国記・臣・連・伴造・国造・百八十部並びに公民等の本記を録す、

【日】:
【天皇】:推古

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23 推古三五年 627

五月

蝿集りて信濃坂を越え、上野国に至りて散ず、

【日】:
【天皇】:推古

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24 皇極元年 642

若麻績東人、水内郡の宅を改めて草堂となす、善光寺是なりと伝ふ、

【日】:
【天皇】:皇極

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25 大化元年 645

八月

東国の国司を任じ、戸籍を作り田畝を校へしむ、

【日】:五日
【天皇】:孝徳

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26 大化元年 645

九月

諸国の民を録す、

【日】:一九日
【天皇】:孝徳

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27 大化二年 646

一月

改新の詔を宣し、新令四ヶ条を下す、

【日】:一日
【天皇】:孝徳

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28 大化二年 646

三月

東国の国司を詔して、新令を遵奉せしむ、

【日】:二日
【天皇】:孝徳

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29 大化二年 646

三月

東国の朝集使に詔して、公私の物を取るを戒む、

【日】:一九日
【天皇】:孝徳

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30 大化四年 648

越後磐舟の柵を治め、越と信濃の民を之に移す、

【日】:
【天皇】:孝徳

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31 斉明六年 660

信濃国、蠅群りて巨坂を飛踰え西に赴くを奏す、

【日】:
【天皇】:斉明

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32 天智五年 666

百済の男女二千余人を東国に遷す、

【日】:
【天皇】:天智

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33 天武元年 672

信濃国、赤鳥を献ずるを祥瑞となし、朱雀と改元すといふ、

【日】:
【天皇】:天武

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34 天武元年 672

六月

天皇、吉野を出でて、是日、朝明郡の郡家に到り、使を遣はして信濃の兵を発さしむ、

【日】:二六日
【天皇】:天武

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35 天武二年 673

信濃の民五十戸を高市大寺大安寺に、三百三十戸を飛鳥寺元興寺に施入して、それぞれ封戸となす、

【日】:
【天皇】:天武

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36 天武一一年 682

七月

信濃国五穀実らざることを奏す、

【日】:二七日
【天皇】:天武

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37 天武一二年 683

一二月

伊勢王等をして天下を巡行し、諸国の境堺を限り分たしむ、、、

【日】:一三日
【天皇】:天武

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38 天武一三年 684

二月

三野王、小錦下采女臣筑羅等を信濃に遣はして、地形を視しむ、尋いで三野王等信濃国の図を上る、

【日】:二八日
【天皇】:天武

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39 天武一四年 685

三月

信濃国に灰降り草木皆枯る、

【日】:
【天皇】:天武

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40 天武一四年 685

七月

詔して、東山道美濃以東の諸国の有位者に課役を免ず、

【日】:二七日
【天皇】:天武

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41 天武一四年 685

九月

直広肆石川朝臣虫名を東山道に遣はし、国司・群司及び百姓の消息を巡察せしむ、

【日】:一五日
【天皇】:天武

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42 天武一四年 685

一〇月

軽部朝臣足瀬・高田首新家、・荒田尾連麻呂を信濃に遣はし、行宮を造らしむ、

【日】:一〇日
【天皇】:天武

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43 持統五年 691

八月

使者を遣はして、信濃国須波・水内等の神を祭らしむ、

【日】:二三日
【天皇】:持統

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44 文武四年 700

二月

巡察使を東山道に遣はし、非違を検察せしむ、

【日】:二二日
【天皇】:文武

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45 文武四年 700

三月

諸国をして牧地を定め、牛馬を放牧せしむ、

【日】:一七日
【天皇】:文武

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46 文武四年 700

一〇月

使を諸国に遣はして蘇を造らしむ、尋いでこれを貢上せしむ、

【日】:
【天皇】:文武

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47 大宝元年 701

六月

使を七道諸国に遣はして、新令によりて政を為すことを告げ、又新印様を頒つ、

【日】:八日
【天皇】:文武

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48 大宝元年 701

八月

信濃国、蝗害及び大風のために屋舎作物を損ふ、

【日】:二一日
【天皇】:文武

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49 大宝二年 702

二月

始めて新律を天下に頒ふ、

【日】:一日
【天皇】:文武

関連

50 大宝二年 702

三月

信濃国、梓弓一千二十張を献ず、之を大宰府に充つ、

【日】:二七日
【天皇】:文武

関連

51 大宝二年 702

四月

諸国の国造の氏を定む、

【日】:一三日
【天皇】:文武

関連

52 大宝二年 702

一二月

始めて美濃国岐蘇山道を開く、

【日】:一〇日
【天皇】:文武

関連

53 大宝三年 703

一月

従六位上多治比真人三宅麻呂を東山道に遣はし、政績を巡察せしむ、

【日】:二日
【天皇】:文武

関連

54 大宝三年 703

三月

信濃等の国に疫あり、薬を給せらる、

【日】:二七日
【天皇】:文武

関連

55 慶雲元年 704

三月

信濃国に疫あり、薬を給せらる、

【日】:二九日
【天皇】:文武

関連

56 慶雲元年 704

四月

鍛冶司をして、諸国の印を鋳しむ、

【日】:九日
【天皇】:文武

関連

57 慶雲元年 704

四月

信濃国、弓千四百張を献ず、是日、之を大宰府に充つ、

【日】:一五日
【天皇】:文武

関連

58 慶雲三年 706

二月

信濃等五国の十九社、祈年幣帛を給はるの列に入る、

【日】:二六日
【天皇】:文武

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59 和銅元年 708

三月

従五位下小治田朝臣宅持、信濃守となる、

【日】:一三日
【天皇】:元明

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60 和銅二年 709

三月

陸奥・越後二国の蝦夷叛するにより、信濃等七国の民、微発せられて軍に従ふ、尋いで事畢りて、征役五十日以上を経たる者に課役を免ず、

【日】:五日
【天皇】:元明

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61 和銅二年 709

九月

従五位下藤原朝臣房前を東海・東山二道に遣はし、関剗を検察し、風俗を巡省せしむ、

【日】:二六日
【天皇】:元明

関連

62 和銅三年 710

二月

信濃国に疫あり、薬を給せらる、

【日】:一一日
【天皇】:元明

関連

63 和銅四年 711

一二月

大初位上丹波史千足等、外印を偽造して仮に人に位を与へ、信濃国に配流せらる、

【日】:二日
【天皇】:元明

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64 和銅六年 713

五月

諸国郡郷の名は好字を著け、其の風土記を上らしむ、

【日】:二日
【天皇】:元明

関連

65 和銅六年 713

五月

信濃国をして石硫黄を献ぜしむ、

【日】:一一日
【天皇】:元明

関連

66 和銅六年 713

七月

信濃・美濃の国界、径道険隘なるを以て、吉蘇路を通ず、

【日】:七日
【天皇】:元明

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67 和銅七年 714

四月

太政官奏して、諸国に大中小の倉を造りて、虚の帳なからしむ、

【日】:二六日
【天皇】:元明

関連

68 和銅七年 714

一〇月

信濃国等の民を割きて、出羽柵戸に配す

【日】:二日
【天皇】:元明

関連

69 和銅七年 714

一〇月

従五位下佐伯宿祢沙弥麻呂、信濃守となる、

【日】:一三日
【天皇】:元明

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70 霊亀二年 716

九月

信濃等四国の民各百戸を出羽国に移す、

【日】:二三日
【天皇】:元正

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71 養老元年 717

二月

信濃等四国の民各百戸を出羽柵戸に配置す、

【日】:二六日
【天皇】:元正

関連

72 養老元年 717

五月

信濃等の国をして始めて絁の調を貢せしむ、

【日】:八日
【天皇】:元正

関連

73 養老元年 717

九月

天皇美濃国に行幸するにより、信濃国司等、美濃の行在所に至り、風俗の雑伎を奏す、

【日】:一八日
【天皇】:元正

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74 養老三年 719

七月

始めて按察使を置く、美濃守笠朝臣麻呂をして信濃・尾張・三河を管せしむ、

【日】:一三日
【天皇】:元正

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75 養老五年 721

六月

信濃国を割きて諏方国を置く、尋いで美濃按察使の管下となす、

【日】:二六日
【天皇】:元正

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76 神亀元年 724

三月

配流の遠近の程を定め、諏方国を中流となす、

【日】:一日
【天皇】:聖武

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77 神亀五年 728

一二月

国毎に金光明経十巻を頒つ、

【日】:二八日
【天皇】:聖武

関連

78 天平三年 731

三月

諏方国を廃して信濃国に併す、

【日】:七日
【天皇】:聖武

関連

79 天平三年 731

五月

外従五位下巨勢朝臣又兄、信濃守となる、

【日】:一四日
【天皇】:聖武

関連

80 天平四年 732

八月

正三位藤原朝臣房前、東海・東山二道節度使となる、

【日】:一七日
【天皇】:聖武

関連

81 天平四年 732

八月

東山道諸国の兵器牛馬を他所に売ることを禁ず、又節度使所管の諸国軍団に幕・釜等を備へしむ、

【日】:二二日
【天皇】:聖武

関連

82 天平五年 733

信濃の民五十戸を、楽師寺に施入して封戸となす、

【日】:
【天皇】:聖武

関連

83 天平六年 734

東山道等七道撿税使の算計法を定む、

【日】:
【天皇】:聖武

関連

84 天平九年 737

三月

国毎に釈迦三尊像を造り、大般若経一部を書写せしむ、

【日】:三日
【天皇】:聖武

関連

85 天平一〇年 738

一月

信濃国、神馬を献ず、

【日】:一日
【天皇】:聖武

関連

86 天平一〇年 738

一月

信濃国の瑞を貢れる人に爵及び物を賜ひ、瑞を出せる郡の当年の庸を免ず、

【日】:一三日
【天皇】:聖武

関連

87 天平一〇年 738

三月

信濃の民二百戸を山階寺興福寺に施入して封戸となす、

【日】:二八日
【天皇】:聖武

関連

88 天平一〇年 738

四月

谷綿麻呂信濃介たり、

【日】:
【天皇】:聖武

関連

89 天平一〇年 738

五月

東山道等諸国の健児を停む、

【日】:三日
【天皇】:聖武

関連

90 天平一〇年 738

八月

天下の諸国に各国郡図を造りて上らしむ、

【日】:二六日
【天皇】:聖武

関連

91 天平一〇年 738

一〇月

伊那郡小村郷、交易布一段を献進す、 小県郡海野郷爪工部、麻布を貢す、

【日】:
【天皇】:聖武

関連

92 天平一一年 739

一〇月

信濃国調布を貢す、

【日】:
【天皇】:聖武

関連

93 天平一二年 740

六月

国毎に法華経十部を写し、七重塔を建立せしむ、

【日】:一九日
【天皇】:聖武

関連

94 天平一二年 740

九月

藤原広嗣の叛により、大野朝臣東人を大将軍となし、東山道等の諸軍を率ゐて之を討たしむ、

【日】:三日
【天皇】:聖武

関連

95 天平一三年 741

三月

詔して国毎に金光明四天護国寺・法華滅罪寺を創建せしむ、

【日】:二四日
【天皇】:聖武

関連

96 天平一三年 741

一〇月

小県郡、芥子を貢す、

【日】:
【天皇】:聖武

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97 天平一五年 743

一〇月

金光明寺写䟽所、書生信濃濱足の去る五月より九月に至る間の写経用紙数を報告す、 書生信濃の䖝万呂のこと、

【日】:一五日
【天皇】:聖武

関連

98 天平一五年 743

一〇月

東海・東山・北陸三道をして、今年の調庸を近江紫香楽宮に貢せしむ、

【日】:一六日
【天皇】:聖武

関連

99 天平一六年 744

七月

詔して、四畿内七道諸国、国別に正税四万束を割きて国分寺に入れ、造寺用に充てしむ、

【日】:二三日
【天皇】:聖武

関連

100 天平一六年 744

九月

畿内七道に巡察使を遣はし、正五位上平群朝臣広成を東山道使となす、

【日】:一五日
【天皇】:聖武

関連