石川県立図書館/大型絵図・石川県史

年表一覧
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西暦    :       ~               
No 元号年 西暦年 事項文 備考 関連
1 天文九年 1540

2月

27日

朝廷總持寺門下の僧の永平寺に於いて出世するを停止せらる

【皇紀】:2200
【備考】:

525

2 永祿三年 1560

是歳

白山々中に金坑採掘を謀る

【皇紀】:2220
【備考】:

894

3 天正四年 1576

4月

雪窻祐補寂す

【皇紀】:2236
【備考】:

543

4 天正十一年 1583

10月

前田利家、石動山天平寺を再營す

【皇紀】:2243
【備考】:

519

5 天正十一年 1583

12月

朔日

初めて村肝煎を置く

【皇紀】:2243
【備考】:

804

6 天正十一年 1583

是歳

前田利家初めて鳳至郡に檢地を行ふ

【皇紀】:2243
【備考】:

779

7 天正十二年 1584

12月

頼玄寂す

【皇紀】:2244
【備考】:

521

8 天正十二年 1584

是歳

寳達山に金坑を開掘す

【皇紀】:2244
【備考】:

886

9 天正十四年 1586

7月

4日

前田利家七尾に於いて魚町以外に魚類の賣買を禁ず

【皇紀】:2246
【備考】:

1025

10 天正十五年 1587

2月

14日

前田利家總持寺を再造せしむ

【皇紀】:2247
【備考】:

525
527

11 天正十七年 1589

6月

27日

總持寺出世道場たることを許さる

【皇紀】:2249
【備考】:

525
527

12 天正十九年 1591

9月

12日

前田利家、高畠定吉の加賀・能登に於ける檢地の勞を犒ふ

【皇紀】:2251
【備考】:

780

13 天正十九年 1591

9月

21日

村上頼勝、能美郡長田村に檢地を行ふ

【皇紀】:2251
【備考】:

771

14 天正十九年 1591

是歳

前田利家、石動山天平寺に所領を寄進す

【皇紀】:2251
【備考】:

519

15 天正二十年
文祿元年
1592

10月

朔日

長連龍、鹿島郡能登部上村に檢地を行ふ

【皇紀】:2252
【備考】:

780

16 天正二十年
文祿元年
1592

是歳

前田利家、河北郡二俣村に料紙を製せしむ

【皇紀】:2252
【備考】:

931

17 文祿二年 1593

2月

7日

前田利家名護屋より金銀箔の調製を命ず

【皇紀】:2253
【備考】:

900

18 文祿二年 1593

3月

前田利家、能登銀座の包裝に就いて戒む

【皇紀】:2253
【備考】:

958

19 文祿三年 1594

7月

前田利家、本願寺末寺に制札を與ふ

【皇紀】:2254
【備考】:

553

20 慶長二年 1597

是歳

石動山天平寺の堂塔成就す

【皇紀】:2257
【備考】:

519

21 慶長三年 1598

4月

21日

前田利家、館紺屋孫十郎に紺屋頭を命ず

【皇紀】:2258
【備考】:

700

22 慶長三年 1598

6月

3日

封内に於ける織物の尺度を規定す

【皇紀】:2258
【備考】:

919

23 慶長三年 1598

6月

28日

豐臣秀吉の奉行朽木河内守白山下に檢地を行ふ

【皇紀】:2258
【備考】:

774

24 慶長三年 1598

7月

林傳右衞門、能美郡林村に檢地を行ふ

【皇紀】:2258
【備考】:

778

25 慶長三年 1598

9月

大透圭徐寂す

【皇紀】:2258
【備考】:

543

26 慶長三年 1598

10月

15日

前田利家石川郡鞍ヶ岳金山の試掘を命ず

【皇紀】:2258
【備考】:

892

27 慶長三年 1598

10月

27日

山口宗永、菅生石部神社の社領を安堵せしむ

【皇紀】:2258
【備考】:

779

28 慶長五年 1600

3月

17日

前田利長、本願寺末寺に制札を與ふ

【皇紀】:2260
【備考】:

554

29 慶長五年 1600

5月

27日

前田利長、館紺屋孫二郎に紺屋頭を命ず

【皇紀】:2260
【備考】:

700

30 慶長五年 1600

11月

5日

前田利長、能美郡天秤職を命ず

【皇紀】:2260
【備考】:

958

31 慶長六年 1601

是歳

前田利長初めて街道に並木を植う

【皇紀】:2261
【備考】:

882

32 慶長九年 1604

5月

百姓他國の金山に赴く者あらばその村に過怠米を徴すべきを告ぐ

【皇紀】:2264
【備考】:

63

33 慶長九年 1604

8月

新酒及び古酒の價格を定む

【皇紀】:2264
【備考】:

959

34 慶長九年 1604

閏8月

7日

賣買に主として知々見銀を用ひしむ

【皇紀】:2264
【備考】:

959

35 慶長九年 1604

是歳

能登に初めて十村の職を置く

【皇紀】:2264
【備考】:

796

36 慶長九年 1604

是歳

是歳より慶長十三年に亙り越中諸郡の檢地を行ふ

【皇紀】:2264
【備考】:

782

37 慶長十年 1605

4月

定納・口米を量るに斗子升を用ひしむ

【皇紀】:2265
【備考】:

26

38 慶長十年 1605

6月

17日

辻斬・立札・落文等を禁ず

【皇紀】:2265
【備考】:

49

39 慶長十年 1605

8月

日治寂す

【皇紀】:2265
【備考】:

576

40 慶長十年 1605

9月

27日

北村三郎右衞門等白山宮に萬句連歌を奉る

【皇紀】:2265
【備考】:

355

41 慶長十一年 1606

5月

7日

前田利長、寳達金山に定書を與ふ

【皇紀】:2266
【備考】:

887

42 慶長十三年 1608

2月

10日

賣買一切の量に斗子升を用ふべきことを命ず

【皇紀】:2268
【備考】:

34

43 慶長十三年 1608

是歳

幕府永樂通寳を廢し、金銀貨及び鐚錢を通用せしむ

【皇紀】:2268
【備考】:

969

44 慶長十五年 1610

2月

24日

長谷川等伯歿す

【皇紀】:2270
【備考】:

604

45 慶長十五年 1610

5月

覺翁慧等寂す

【皇紀】:2270
【備考】:

543

46 慶長十五年 1610

是歳

芳春院夫人、總持寺の三門を造らしむ

【皇紀】:2270
【備考】:

538

47 慶長十六年 1611

6月

煙草を販賣することを禁ず

【皇紀】:2271
【備考】:

942

48 慶長十六年 1611

是歳

越中龜谷山銀を出し、前田利長花降銀を造らしむ

【皇紀】:2271
【備考】:

959

49 慶長十七年 1612

7月

2日

石川郡倉谷鑛山に定書を與ふ

【皇紀】:2272
【備考】:

894

50 慶長十七年 1612

12月

25日

前田利常、能美郡沖對等に夫役として疊表を出さしむ

【皇紀】:2272
【備考】:

939

51 慶長十八年 1613

8月

公事場に出頭する者の帶刀を禁ず

【皇紀】:2273
【備考】:

46

52 慶長十九年 1614

正月

22日

前田利長再び寳達金山に定書を與ふ

【皇紀】:2274
【備考】:

888

53 慶長二十年
元和元年
1615

4月

26日

前田利常、能登の材木保護の法を定む

【皇紀】:2275
【備考】:

868

54 慶長二十年
元和元年
1615

7月

幕府總持寺法度を制す

【皇紀】:2275
【備考】:

526
528

55 慶長二十年
元和元年
1615

8月

20日

前田利常總持寺法度の附則を定む

【皇紀】:2275
【備考】:

526
529

56 慶長二十年
元和元年
1615

11月

7日

納租口米の率を増加す

【皇紀】:2275
【備考】:

24

57 元和二年 1616

3月

日淳寂す

【皇紀】:2276
【備考】:

576

58 元和二年 1616

7月

2日

前田利常、能登に七木の制を施行す

【皇紀】:2276
【備考】:

873

59 元和二年 1616

9月

11日

前田利常軍役の法を定む

【皇紀】:2276
【備考】:

9

60 元和二年 1616

9月

17日

更に納租口米の率を増加す

【皇紀】:2276
【備考】:

24

61 元和二年 1616

是歳

加賀の能美・石川・加賀郡及び能登の各部に檢地を行ふ

【皇紀】:2276
【備考】:

782

62 元和二年 1616

是歳

百姓より鍬役米を納めしむ

【皇紀】:2276
【備考】:

800

63 元和三年 1617

正月

11日

夫銀を百姓より徴す

【皇紀】:2277
【備考】:

28

64 元和三年 1617

3月

寳達金山を藩の經營に屬せしむ

【皇紀】:2277
【備考】:

886

65 元和三年 1617

是歳

多賀秀種歿す

【皇紀】:2277
【備考】:

365

66 元和三年 1617

是歳

前田利常、越中淨禪寺を金澤泉野に移す

【皇紀】:2277
【備考】:

550

67 元和五年 1619

3月

21日

前田利常、館紺屋孫二郎に紺屋頭を命ず

【皇紀】:2279
【備考】:

700

68 元和五年 1619

5月

象山徐藝寂す

【皇紀】:2279
【備考】:

543

69 元和五年 1619

6月

空照白山の鐘銘を造る

【皇紀】:2279
【備考】:

221

70 元和五年 1619

是歳

波着寺を金澤小立野に轉ぜしむ

【皇紀】:2279
【備考】:

221

71 元和六年 1620

是歳

能登の四郡に檢地を行ふ

【皇紀】:2280
【備考】:

782

72 元和八年 1622

3月

量山繁應寂す

【皇紀】:2282
【備考】:

543

73 元和八年 1622

6月

17日

前田利常等連歌を興行す

【皇紀】:2282
【備考】:

357

74 元和九年 1623

正月

15日

廣山恕陽寂す

【皇紀】:2283
【備考】:

544

75 元和九年 1623

是歳

金澤に天徳院を造立す

【皇紀】:2283
【備考】:

524

76 寛永二年 1625

4月

25日

前田利常、石動山天平寺の式目を定む

【皇紀】:2285
【備考】:

520

77 寛永二年 1625

5月

4日

前田利常、金澤鍛冶町の地を專ら刀工の屋敷に供せしむ

【皇紀】:2285
【備考】:

703

78 寛永二年 1625

9月

17日

金澤魚問屋の規程を定む

【皇紀】:2285
【備考】:

1026

79 寛永四年 1627

12月

今枝重直歿す

【皇紀】:2287
【備考】:

369

80 寛永五年 1628

8月

入牢者の賄負擔の法を定む

【皇紀】:2288
【備考】:

47

81 寛永五年 1628

是歳

寳達金山の鑛舖崩壞す

【皇紀】:2288
【備考】:

889

82 寛永六年 1629

是歳

淨禪寺を玉泉寺と攺む

【皇紀】:2289
【備考】:

550

83 寛永六年 1629

是歳

前田利常、玉泉寺に月次連歌を奉納せしむ

【皇紀】:2289
【備考】:

360

84 寛永七年 1630

2月

2日

寳達金山を再興せしむ

【皇紀】:2290
【備考】:

890

85 寛永七年 1630

是歳

灰吹銀を製造通用せしむ

【皇紀】:2290
【備考】:

961

86 寛永八年 1631

3月

13日

給人の收納は郡奉行の同意を經て増免するを許さる

【皇紀】:2291
【備考】:

17

87 寛永八年 1631

12月

明年六月以降刻煙草の販賣を停止せしむ

【皇紀】:2291
【備考】:

923

88 寛永九年 1632

11月

玉泉寺の天滿宮災に罹る

【皇紀】:2292
【備考】:

550

89 寛永十年 1633

4月

鐚錢中甚だしき惡貨以外は選擇するを得ざらしむ

【皇紀】:2293
【備考】:

969

90 寛永十年 1633

5月

朔日

取込銀を停止し新極印銀を通用せしむ

【皇紀】:2293
【備考】:

962

91 寛永十年 1633

6月

小賣の物品を購ふに錢貨を用ふるを諭す

【皇紀】:2293
【備考】:

969

92 寛永十年 1633

是歳

巡見上使來る

【皇紀】:2293
【備考】:

859

93 寛永十一年 1634

是歳

東本願寺末寺造營に着す

【皇紀】:2294
【備考】:

554

94 寛永十二年 1635

是歳

如來寺玄文、寳勝寺千岳と一喝に關して爭ふ

【皇紀】:2295
【備考】:

547

95 寛永十三年 1636

6月

幕府寛永通寳を鑄造して鐚錢を停止す

【皇紀】:2296
【備考】:

970

96 寛永十三年 1636

7月

加賀藩寛永通寳通用の幕令を傳へ、銀貨と錢貨との交換比例を定む

【皇紀】:2296
【備考】:

970

97 寛永十四年 1637

3月

再び入牢者の賄負擔に關して告ぐ

【皇紀】:2297
【備考】:

47

98 寛永十四年 1637

4月

錢貨と金銀貨との交換比例を定む

【皇紀】:2297
【備考】:

971

99 寛永十五年 1638

9月

5日

新極印銀及び取込銀の通用を禁じ、菊極印朱封銀を用ひしむ

【皇紀】:2298
【備考】:

964

100 寛永十七年 1640

是歳

前田利常、那谷寺を再興す

【皇紀】:2300
【備考】:

601