江戸川区立図書館/デジタルアーカイブ

年表一覧
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西暦    :       ~               
No 元号年 西暦年 事項文 備考 関連
1 養老5年 0721

この年の戸籍(正倉院文書)に「葛飾郡大嶋郷甲和里」がある。小岩が史書に現れた初め(推定)。

2 承和2年 0835

6

太日河に渡船2艘を加え4艘とする。

3 正応1年 1288

8

この年の板碑が上篠崎町で発見された(区内最古)。

4 永和3年 1377

3

篠崎郷の一部が中山法華経寺へ永代寄進された。

5 応永5年 1398

この年の『葛西御厨注文』に区内18の地名が見える。

6 永正6年 1509

連歌師柴屋軒宗長の紀行文に今井津・淨興寺・善養寺の名がみえる。

7 天文7年 1538

10

北条氏綱・氏康が小弓義明・里見義堯を国府台に破る。

8 天文15年 1546

北条氏康が淨興寺に立ち寄る(『武蔵野紀行』)。

9 永禄2年 1559

北条氏の小田原衆所領役帳に区内16の地名がみえる。その中に長島高城の名もある。

10 永禄7年 1564

7

北条氏康が小岩・篠崎の江戸川畔に布陣し国府台の里見義軍を破る。里見義弘らは安房に敗走。

11 慶長1年 1596

6

江戸川や隅田川が氾濫。

12 慶長1年 1596

この年、宇田川喜兵衛が宇喜新田を開発。

13 慶長15年 1610

篠原伊予が伊予新田を開発。

14 慶長18年 1613

徳川家康が葛西で放鷹。

15 元和2年 1616

8

小岩・市川渡しが定船場となる。

16 元和3年 1617

この頃から田島図書が一之江新田を開発。

17 元和8年 1622

長島村の検地行われる。

18 寛永5年 1628

10

平井・小松川両村が正式に御鷹場に指定される。

19 寛永6年 1629

新川が開さくされる。

20 寛永17年 1640

利根川筋の大改修。江戸川の舟運が盛んになる。

21 慶安1年 1648

6

松本村の検地行われる。

22 慶安2年 1649

二之江・長島・下今井村が網建場25町において白魚漁を許された。

23 慶安4年 1651

10

津波で葛西・行徳の民家数千戸流失。

24 寛文1 1661

小名木川の隅田川口にあった川船番所を中川口に移し中川番所と称した。

25 寛文11 1671

江戸佐久間町の加兵衛が千葉木堤の南を開墾。

26 元禄8 1695

この年の検地で長島・二之江・桑川・下今井の海面付古田が本田高に組み入れられる。

27 元禄10 1697

酒井河内守の検地が行われる。

28 元禄10 1697

水戸佐倉道が道中奉行の直轄となる。

29 宝永1 1704

7

江戸近郊一帯大洪水に見舞われる。

30 宝永4 1707

江戸の町人太郎次が堀江村飛地を開発する。

31 宝永5 1708

入会地貝猟で羽田・葛西領間にもめごとが起る。

32 宝永6 1709

澪の移動による漁場紛争が葛西浦と佃島の間に起る。

33 正徳1 1711

キリシタン禁制、火つけ禁制の高札が村に建てられる。

34 享保1 1716

放鷹制復活。

35 享保2 1717

将軍吉宗、小松川辺に放鷹。以後本区方面での放鷹がさかんになる。この年西小松川村の仲台院が御膳所となる。

36 享保6 1721

鷹番の高札がたつ。

37 享保9 1724

村々の年貢を定免法賦課に改める。

38 享保10 1725

吉宗が小金ヶ原で大規模な鹿狩を行う。

39 享保11 1726

検地条目が制定される。この年加納甚内が網差新田の開発を始める。

40 享保14 1729

現在の旧中川が開さくされる。

41 享保15 1730

この頃より葛西海苔が地元に起る(「下今井村鏡帳」)

42 享保19 1734

小岩5ヵ村、水害による損害が大きく助郷の休役が許される。

43 寛保2 1742

8

大洪水に見舞われる。

44 寛延3 1750

4

江戸付近一帯に降雹、各村では夫食拝借を願い出る。

45 天明2 1782

漁場争いの大紛争が東宇喜田村・長島村・猫実村3ヵ村と船橋村との間で起る。

46 天明3 1783

7

浅間山が大爆発を起し、降灰で各地の田畑作物を損う。

47 天明6 1786

7

江戸開府以来の大洪水、「平井、木根川は水高さ1丈三尺余と云」(『ききのままに』)。

48 寛政3 1791

8

関東一円に大風雨、東葛西領4ヵ村など高潮に襲われる。

49 享和1 1801

大塚宗蔵・吉豊父子が下今井で新川梨の栽培に着手。

50 享和1 1801

伊能忠敬が中川尻測量を行う。

51 享和2 1802

7

利根川・中川・江戸川が大雨で決壊、一面水浸しとなる。

52 文化7 1810

1

上之割の村々と下之割の村々で普請に関する議定書が結ばれる。

53 文政2 1819

2

村尾正靖が平井聖天に遊び、後にその景況を『嘉陵紀行』に写す。

54 文政6 1823

三世歌川豊国船堀で生まれる。

55 文政8 1825

東宇喜田村外6ヵ村が浜運上を上納するようになる。

56 文政10 1827

東西浦にヒビ粗朶が試験的にたてられる。

57 文政10 1827

東小松川村百姓長衛門が太鼓洲の請地を出願し佃島との出入を起す。

58 文政12 1829

3

試しヒビ粗朶の成績がよいので正式な許可願いが出される。

59 天保4 1833

10

5ヵ村地先の出入の一件が落着、蜆島・中州各5町歩の請地を得る。

60 天保10 1839

4

江戸川堤工事が行われ人足7225人が動員される。また、千住総講中が小岩渡し場の上り口に常灯明を献じる。

61 天保11 1840

東小松川村長右衛門が太鼓洲請地を再出願。

62 弘化3 1846

6

江戸時代最大の洪水。本区方面の被害は比較的少なかった。

63 嘉永1 1848

5

東一之江村外17ヵ村で高掛り物免除の嘆願書を提出。

64 嘉永1 1848

この年逆井村外5ヵ村が新宿町定助郷より千住宿へ組入れられる。

65 嘉永2 1849

御鹿狩が行われ、東西葛西領から1072人の人足が徴発される。

66 嘉永7 1854

11

地震で新川の水や船が堤外へ打ち上げられ川底が見える(『震災記雑話草』)。

67 安政2 1855

江戸大地震で各地の被害甚大。

68 安政3 1856

8

大暴風雨及び津波で東西宇喜田・長島・桑川村など各地で被害。

69 慶応4 1868

7

東京府が開設され、近郊の代官支配地は武蔵知県事によって統合される。江戸を東京と改称する。

70 明治2 1869

1

小菅県が設置され、その管下に所属。

71 明治2 1869

1

大島源三郎が伊予田村32番地に家塾を開く。以後各地に家塾が設立される。

72 明治3 1870

4

旧上・下之割の村々が葛西筋10ヵ領組合を脱退。

73 明治3 1870

5

中平井村に松岡醬油製造所創立(区内最初の工場)。

74 明治4 1871

2

川蒸気船「利根川丸」が深川万年橋~栗橋間を走る。

75 明治4 1871

2

小菅県内を15区に分け、第11・12・13区に所属。

76 明治4 1871

6

各区に戸長、副戸長が置かれる。

77 明治4 1871

11

従来の東京府と小菅県は一旦廃止。新たに東京府設置。

78 明治5 1872

2

小菅県が実際に東京府へ引きつがれ、本区地方は第6大区11・12・13小区に所属する。

79 明治5 1872

4

名主・年寄廃止(太政官布告)。多くは戸長・副戸長に任命される。

80 明治6 1873

3

区画修正。本区地方は第11大区4・5・6小区に所属。

81 明治6 1873

4

小区に戸長、各村に副戸長が置かれる。

82 明治6 1873

8

佐倉道・行徳市川道が二等道路に指定される。

83 明治7 1874

4

篠崎の浅間神社が郷社に昇格。

84 明治9 1876

3

小松川郵便局が開局(区内最初の郵便局)。

85 明治9 1876

10

葛西小学校が東小松川村善照寺に開校(区内最初の公立学校)。

86 明治10 1877

1

府下海辺近くの村々に浦役場・浦役人を設置。

87 明治11 1878

3

小岩田村共和圦樋(善兵衛樋)が完成。

88 明治11 1878

11

大小区制が廃止され、南葛飾郡が成立。連合村政が行われる。

89 明治11 1878

11

西小松川村に南葛飾郡役所を開設。

90 明治12 1879

1

町村会規則布達、最初の代議制度発足。

91 明治12 1879

9

逆井の渡しに木橋がかけられる。

92 明治13 1880

町村に衛生委員が選ばれる。

93 明治15 1882

7

修己小学校が長島村130番地に開校。以後、各地で小学校の設立が相次ぐ。

94 明治17 1884

5

民選であった戸長が官選となる。

95 明治17 1884

11

神田祭に葛西囃子の名人西小松川の角治郎、鹿骨の七五郎などが出演する。

96 明治18 1885

6

東葛飾郡欠真間の一部滝沢が本区域(下鎌田村・当代島村)に編入。

97 明治19 1886

2

東京府より海苔採取場の創設が認可される。

98 明治21 1888

10

東京始審裁判所本所治安裁判所西小松川出張所設置(登記所の前身)。

99 明治22 1889

5

市町村制実施により37ヵ村が統合して10ヵ村となる。

100 明治23 1890

4

小松川警察署設置。