豊島区/としまひすとりぃ

年表一覧
年表1   年表2

西暦    :       ~               
No 元号年 西暦年 できごと
1 慶長5 1600

西巣鴨法福寺(もと浅草北島町)、仙龍和尚によって開基されるという 【区史、1941】
2 慶長7 1602

清立院、法明寺末となる 【資3-647】
3 慶長9 1604

本納寺所在の宝篋印塔造立される 【豊島あちらこちら】
4 慶長11 1606

高田村伝馬役采地、大伝馬町馬込勘解由分6石1斗8升、南伝馬町高野新右衛門・小宮善右衛門分6石1斗8升に分割される 【駅遞志料】
5 慶長12 1607

これ以前旗本太田氏鼠山屋敷成立 【通1-431】
6 慶長16 1611

2月

西巣鴨白泉寺(もと遠州)、雪外宗秀和尚の開基になるという 【区史、1941】
7 慶長16 1611

6月

18日

本染寺開山受勝院日安、寂 【櫨楓,資3-439】
8 慶長16 1611

日出町本染寺(現本教寺)、日安の開基になる 【高田村誌】
9 慶長17 1612

5月

30日

増上寺に巣鴨村130石ほかの家康判物公布される 【御当家令条】
10 慶長年間 1615

駒込村五平治先祖、高木将監村を開く 【資3-443】
11 慶長年間 1615

仁平三河守の子某、保坂氏と改名。またその子徳右衛門某、村内の新田を開発し、地頭より除地1町8反1畝歩をもらい、代々巣鴨村名主役となる 【資3-441】
12 慶長年間 1615

磐城平藩安藤家下屋敷、雑司が谷に成立(将軍家光代とする説もあり) 【通1-422~27】
13 慶長年間 1615

これ以前、駒込山王社建立される 【資3-443】
14 元和1 1615

4月

西巣鴨慈眼寺(もと深川)、開基日遼上人により創設されるという 【区史、1941】
15 元和1 1615

祐遍法印真性寺中興開基となる 【資3-484】
16 元和2 1616

8月

8日

高田南蔵院の開基円成比丘、寂 【区史、1941】
17 元和5 1619

9月

9日

法明寺10世日雄聖人没 【櫨楓】
18 元和5 1619

西巣鴨盛雲寺(もと下谷北稲荷町)龍誉喜山大和尚によって開基される 【区史、1941】
19 元和年間 1624

法明寺10世日雄が鬼子母神樹木の伐採をしたので,雑司が谷村民、これを本多佐渡守正信に訴えて中止させる 【通1-383】
20 元和年間 1624

駒込土物店始まる 【通1-649】
21 元和年間 1624

清立院に日親聖人堂建立される 【資3-204、654】
22 寛永1 1624

9月

願主岡本氏、雑司が谷鬼子母神稲荷宮へ絵馬奉納 【資3-560】
23 寛永1 1624

将軍家光の乳母春日局、湯島麟祥院を創設 【資2-906】
24 寛永1 1624

西巣鴨妙行寺、本妙寺日慶上人により赤坂に建立されるという 【区史、1941】
25 寛永2 1625

10月

23日

木村久蔵宗綱、長崎村40石7斗余、堀之内村33石、長崎・堀之内開発地82石3斗余、など計192石3斗余を拝領 【資3-51~52】
26 寛永2 1625

10月

23日

服部助左衛門康信、池袋村の内20石5斗余、など計218石7斗余を拝領 【資3-44、50】
27 寛永2 1625

10月

23日

手鷹師阿部政勝、豊島郡のうちに150石余の采地をたまう 【資3-22】
28 寛永2 1625

10月

23日

手鷹師頭阿部重次、武蔵国豊島・下総国印旛両郡に、新墾田を合わせ570石余を拝領 【資3-25】
29 寛永2 1625

10月

23日

高木弥十郎政勝(または子の政春か)池袋村の内22石、など計55石を拝領 【資3-46、51】
30 寛永2 1625

11月

11日

斎藤惣左衛門重成、池袋村の内14石9斗余、など計209石2斗余を拝領 【資3-26、52】
31 寛永2 1625

12月

11日

小泉孫助信秀、池袋村の内15石4斗余、堀之内、池袋村開発地、など計210石4斗拝領 【資3-52】
32 寛永2 1625

12月

11日

斎藤長左衛門吉勝、池袋村59石7斗余、など計129石6斗を拝領 【資3-28、52】
33 寛永2 1625

12月

11日

吉田清三郎政勝、池袋村15石8斗余、同村開発地1石7斗、など計166石7斗を拝領 【資3-21、50~51】
34 寛永2 1625

太田采女正元資・同舎弟遠山平六資正、鬼子母神社殿造営 【櫨楓】
35 寛永3 1626

西巣鴨良感寺、良感求欣和尚により小石川同心町に建立されるという 【区史、1941】
36 寛永4 1627

11月

3日

手鷹師大草次郎右衛門正重、高田村60石2斗余、長崎村43石余、池袋村5石4斗余、高田・長崎村開発地24石1斗余、など計189石6斗余を拝領 【資3-41、51】
37 寛永5 1628

10月

28日

江戸近郊に鷹場法度を制定。雑司が谷ほか9か村(区外)は代官倉橋庄兵衛触れる 【資3-130】
38 寛永5 1628

伝通院領雑司が谷村本納寺造立 【資1-415】
39 寛永6 1629

この年、神田上水成る 【資3-185】
40 寛永7 1630

南蔵院境内阿弥陀如来立像造立される。他2体の如来立像共、もと牛込菊井町千手院に安置してあったもの 【豊島あちらこちら】
41 寛永9 1632

4月

19日

法明寺11世日納聖人没 【櫨楓】
42 寛永10 1633

1月

15日

本立寺開山善学院日詠上人、寂 【櫨楓】
43 寛永10 1633

9月

19日

篠原多左衛門・長尾五郎右衛門ほか、雑司が谷村の検地おこなう。畑屋敷反別45町6反1畝28歩・分米196石469。田反別不明 【資2-7~31,資3-438、495】
44 寛永10 1633

9月

上駒込村の検地おこなわれる 【資3-441、474】
45 寛永10 1633

10月

6日

将軍徳川家光、小石川・巣鴨・板橋で狩 【資3-669】
46 寛永10 1633

10月

将軍徳川家光、小石川へ御成、高田で御膳 【資3-669】
47 寛永10 1633

東陽坊(大行院)所持の田地、検地で宮地として除地される 【通1-383】
48 寛永10 1633

伝通院領雑司が谷村に蓮成寺造立 【資1-45】
49 寛永10 1633

雑司が谷村戸張平次左衛門、この年より雑司が谷村名主役を勤める 【資3-440、494】
50 寛永10 1633

下高田村に宗参寺領成立 【資3-435、487】
51 寛永10 1633

清慶山本立寺境内、検地のさい除地となる 【櫨楓】
52 寛永10 1633

御嶽権現社(清立院)、村方持から本立寺持(支配)となる。また社地、検地により除地となる 【櫨楓,資3-647】
53 寛永11 1634

長島内匠助・戸梁唯兵衛、雑司が谷鬼子母神奉射祭礼の式を記し、後世に伝える 【資3-205,櫨楓】
54 寛永11 1634

雑司が谷鬼子母神歩射来当、長島内匠助・戸梁唯兵衛(作兵衛とも) 【資3-636,櫨楓】
55 寛永11 1634

斎藤惣左衛門、池袋村に知行地もらう 【資3-436】
56 寛永13 1636

9月

22日

将軍徳川家光、高田で銃狩、大橋竜慶宅で宴 【資3-669】
57 寛永13 1636

11月

13日

将軍徳川家光、高田で放鷹 【資3-669】
58 寛永13 1636

11月

16日

将軍徳川家光、高田で放鷹、大橋竜慶宅で宴 【資3-669】
59 寛永13 1636

12月

22日

将軍徳川家光、高田で追鳥狩、大橋竜慶宅で御膳 【資3-669】
60 寛永13 1636

「東海道四谷怪談」のお岩没。墓、妙行寺(現西巣鴨4丁目) 【豊島区史跡散歩】
61 寛永14 1637

1月

3日

将軍徳川家光,高田で放鷹・銃狩 【資3-669】
62 寛永14 1637

3月

21日

将軍徳川家光、高田御成 【資3-699】
63 寛永14 1637

閏3月

20日

将軍徳川家光、高田で鷹狩 【資3-669】
64 寛永14 1637

5月

21日

将軍徳川家光、高田へ御成 【資3-669】
65 寛永14 1637

10月

9日

将軍徳川家光、高田へ御成 【資3-669】
66 寛永14 1637

10月

22日

将軍徳川家光、高田で鷹狩・銃狩 【資3-669】
67 寛永14 1637

11月

21日

将軍徳川家光、高田で放鷹 【資3-669】
68 寛永14 1637

11月

29日

将軍徳川家光、高田で狩 【資3-669】
69 寛永14 1637

12月

2日

将軍徳川家光、高田で狩 【資3-669】
70 寛永14 1637

12月

6日

将軍徳川家光、高田で放鷹 【資3-669】
71 寛永15 1638

1月

9日

将軍徳川家光、高田へ御成 【資3-669】
72 寛永15 1638

1月

13日

将軍徳川家光、高田で放鷹 【資3-669】
73 寛永15 1638

1月

21日

将軍徳川家光、高田へ御成 【資3-669】
74 寛永15 1638

1月

23日

将軍徳川家光、高田へ御成。大橋竜慶宅で御膳。高田馬場鞭打御覧 【資3-669】
75 寛永15 1638

1月

25日

将軍徳川家光、市谷・高田で放鷹 【資3-669】
76 寛永15 1638

2月

4日

将軍徳川家光、高田で放鷹 【資3-669】
77 寛永15 1638

2月

9日

将軍徳川家光、高田で狩。大橋竜慶宅御膳 【資3-669】
78 寛永15 1638

2月

11日

将軍徳川家光、高田で鷹狩 【資3-669】
79 寛永15 1638

2月

19日

将軍徳川家光、高田で狩 【資3-669】
80 寛永15 1638

2月

22日

将軍徳川家光、駒込で鷹狩 【資3-669】
81 寛永15 1638

2月

26日

将軍徳川家光、高田で鷹狩 【資3-669】
82 寛永15 1638

2月

29日

将軍徳川家光、高田で狩 【資3-669】
83 寛永15 1638

3月

5日

将軍徳川家光、高田で放鷹 【資3-669】
84 寛永15 1638

3月

18日

将軍徳川家光、高田で放鷹 【資3-669】
85 寛永15 1638

4月

7日

将軍徳川家光、高田で追鳥狩 【資3-669】
86 寛永15 1638

4月

26日

将軍徳川家光、高田で放鷹 【資3-669】
87 寛永15 1638

5月

12日

将軍徳川家光、高田へ御成 【資3-669】
88 寛永15 1638

5月

20日

将軍徳川家光、高田へ御成 【資3-669】
89 寛永15 1638

6月

1日

将軍徳川家光、高田へ御成 【資3-669】
90 寛永15 1638

7月

19日

将軍徳川家光、高田へ御成 【資3-669】
91 寛永15 1638

8月

4日

将軍徳川家光、高田へ御成 【資3-669】
92 寛永15 1638

8月

19日

将軍徳川家光、高田へ御成 【資3-669】
93 寛永15 1638

8月

21日

将軍徳川家光、高田へ御成 【資3-669】
94 寛永15 1638

8月

26日

将軍徳川家光、高田で銃打 【資3-669】
95 寛永15 1638

8月

27日

将軍徳川家光、高田へ御成 【資3-670】
96 寛永15 1638

9月

4日

将軍徳川家光、高田へ御成 【資3-670】
97 寛永15 1638

9月

18日

将軍徳川家光、高田へ御成 【資3-670】
98 寛永15 1638

9月

25日

将軍徳川家光、高田へ御成 【資3-670】
99 寛永15 1638

10月

1日

将軍徳川家光、高田へ御成 【資3-670】
100 寛永15 1638

10月

26日

将軍徳川家光、高田へ御成 【資3-670】