多古(たこ)町/多古町デジタルアーカイブ

年表一覧
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西暦    :       ~               
No 元号年 西暦年 多古町史 災害年表 事項文 多古町史 参考事項 事項文
1 五七 0057 倭の奴国王が後漢に朝貢し、光武帝から印綬を授けられる(後漢書)
2 二三九 0239 倭の女王卑弥呼、魏の明帝から親魏倭王に任ぜられる(魏志)
3 宣化三 0538 仏教伝来
4 推古元 0593 聖徳太子摂政となる
5 推古一二 0604 十七条憲法制定
6 推古一五 0607 小野妹子らを隋に遣わす
7 推古一五 0607 法隆寺建立
8 推古三四 0626 この年、霖雨、大飢饉がおこる
9 舒明八 0636 この年、大旱で天下飢える
10 大化二 0646 大化改新の詔を宣する
11 文武二 0698 九月 七日 下総大風、百姓の盧舎を壊す(続日本紀)
12 大宝元 0701 大宝律令成る
13 大宝二 0702 九月 十七日 下総等五国飢により、使を遣して救恤す(続日本紀)
14 慶雲元 0704 この年から三年間、水旱・飢饉が続き、百姓多く死亡する
15 和銅元 0708 和同開珎を発行する
16 和銅二 0709 一月 二十一日 下総疫す、薬を給しこれを療せしむ(続日本紀)
17 和銅三 0710 平城(奈良)遷都
18 和銅五 0712 「古事記」ができる
19 和銅六 0713 「風土記」をつくらせる
20 養老四 0720 「日本書紀」ができる
21 天平七 0735 天然痘により多数死亡する
22 天平一三 0741 諸国に国分寺を建てる
23 天平勝宝四 0752 二月 五日 下総旱蝗飢饉、これを賑給す(続日本紀)
24 天平宝字六 0762 三月 二十九日 下総等九国旱(続日本紀)
25 天平神護元 0765 三月 四日 下総等五国旱、詔して本年の調庸一〇分の七、八を復せらる(続日本紀)
26 神護景雲三 0769 三月 十九日 下総飢う、これを賑給す(続日本紀)
27 宝亀元 0770 この頃、大伴家持万葉集を編す
28 天応元 0781 一月 十九日 下総飢之賑給す(続日本紀)
29 延暦四 0785 十月 下総等の四国、去る七、八月大風五穀を損傷し百姓飢饉するを以て、使を遣して之を賑恤す(千葉県誌)
30 延暦一三 0794 平安(京都)遷都
31 延暦一六 0797 三月 二十七日 下総飢う、使を遣して賑給せしむ(日本後紀)
32 延暦一六 0797 坂上田村麻呂が東北地方の蝦夷を平定
33 弘仁七 0816 空海、高野山を開く
34 弘仁九 0818 七月 下総等諸国地震。八月十九日、使を遣わし、地震のあとを巡省せしめ、賑恤を加えらる(類聚国史)
35 承和二 0835 三月 十六日 下総飢う、これを賑給す(日本後紀)
36 承和一〇 0843 六月 二十五日 上総・下総等十八国飢う、勅して賑恤を加う(日本後紀)
37 貞観六 0864 十一月 二十二日 下総国葛飾・印旛・相馬・埴生・猿島五郡の百姓に対して二カ年の調庸をゆるす、頻年水旱の害をこおむるによる(三代実録)
38 貞観八 0866 八月 二日 下総飢う、これを賑給す(三代実録)
39 貞観一五 0873 清和天皇が皇子・皇女などに源姓を与える(清和源氏)
40 元慶二 0878 関東地震
41 仁和三 0887 藤原基経を関白とする
42 仁和三 0887 諸国大地震
43 寛平元 0889 桓武天皇の曾孫高望王に平姓を与える(桓武平氏)
44 寛平六 0894 遣唐使派遣中止
45 承平五 0935 平将門の乱始まる
46 天慶元 0938 五月 十三日 上総国一帯に悪疫が流行して住民多数が死亡したので、朝廷から大量の救護品が下賜された(文化史年表)
47 天慶三 0940 平将門が討伐された
48 天徳元 0957 夏に飢饉、穀価騰貴す
49 長保二 1000 疫病流行、翌年の春・夏に及ぶ
50 永承二 1047 諸国旱害
51 永保三 1083 後三年の役(常長・常兼父子大功)
52 寛治七 1093 この冬、疱瘡が流行し、多数の小児が死亡する
53 長承三 1134 この年、洪水・飢饉・咳病が流行する
54 保元元 1156 保元の乱(崇徳上皇、讃岐へ)
55 平治元 1159 平治の乱(平氏勢力増大)
56 永暦元 1160 源頼朝伊豆に流される
57 仁安二 1167 平清盛太政大臣となる
58 安元元 1175 長雨により諸国に被害
59 治承四 1180 頼朝、伊豆に挙兵
60 寿永元 1182 この年、飢饉により、餓死者数万人におよぶ
61 文治元 1185 平氏一門滅亡
62 建久三 1192 頼朝、征夷大将軍となる
63 正治元 1199 頼朝没し、頼家嗣ぐ
64 建仁元 1201 八月 十一日 大風雨、下総葛飾郡の海溢れて千人余漂没す(吾妻鏡)
65 建仁三 1203 頼家病のため、弟実朝に譲る
66 承久元 1219 実朝甥公暁に殺され、源氏の正統滅ぶ
67 貞応元 1222 日蓮、房州小湊に生まれる
68 元仁元 1224 北条泰時が執権となる
69 寛喜二 1230 諸国に寒冷異常気象。大風雨、この年、大凶作
70 貞永元 1232 貞永式目をつくる
71 建長二 1250 一月 十三日 香取・結城地方に豪雨があり、麦畑が流失するなど相当の被害があった(文化史年表)
72 建長四 1252 四月 二十三日 夜に入って房総一帯に豪雨があり、大地震が起り被害が甚大であった(文化史年表)
73 建長五 1253 日蓮宗を開く
74 正嘉二 1258 大暴風雨により諸国不作
75 正元元 1259 この年、諸国に飢饉・疫病つづき死者多数
76 文永元 1264 八月 安房上総疫癘流行す(文化史年表)
77 文永七 1270 房総諸国疫癘流行す(文化史年表)
78 文永一一 1274 元軍来襲(文永の役)
79 弘安四 1281 元軍再来(弘安の役)
80 弘安五 1282 日蓮、池上にて没(六一)
81 永仁元 1293 関東大地震、死者二万三千余人
82 応長元 1311 全国に疫病大流行(三日病)
83 元弘元 1331 関東に大地震あり(文化史年表)
84 元弘三 1333 鎌倉幕府(北条)滅亡
85 建武元 1334 建武中興なる
86 延元元 1336 南北朝分立足利尊氏、「建武式目」を定める(室町幕府の成立)
87 延元三 1338 尊氏、征夷大将軍となる
88 延元三 1338 この年、大飢饉、諸国に子女を質入・売却す
89 正平四 1349 尊氏、基氏を鎌倉公方とする
90 元中七 1390 大雨つづく、前年以来、飢饉
91 元中九 1392 南北朝合一
92 応永二七 1420 この年、諸国旱魃、飢饉
93 正長元 1428 持氏将軍たらんとして、義教と争う
94 永享一〇 1438 飢饉、疫病流行し、死者多数
95 永享一一 1439 幕府、持氏征討の軍を発する(永享の乱)、翌年持氏自害
96 永享一二 1440 持氏の子春王丸・安王丸挙兵、結城氏朝、結城城に迎える
97 嘉吉元 1441 結城城陥り、結城氏朝戦死(結城合戦)
98 宝徳元 1449 幕府、持氏の末子永寿王(成氏)を鎌倉公方とする
99 享徳三 1454 成氏、上杉憲忠を攻め滅ぼす(享徳の乱のはじめ)
100 康正元 1455 成氏、古河に拠る(古河公方)