高根沢町図書館/高根沢町史ほか

年表一覧
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西暦    :       ~               
No 元号年 西暦年 事項文 備考 関連
1 元治1 1864

上高根沢組合村が7~11月まで天狗党の見張所を給部村に設置

4

2 元治1 1864

一橋領高根沢陣屋に農兵募集のため渋沢栄一ら訪れる

4

3 元治3 1867

5

一揆は半鐘盤木を鳴らし人を集め討取ることを確認の組合廻状でる

4

4 元治4 1868

4

真岡から打毀し起こり、祖母井、給部、上高根沢、太田、栗が島の諸村へ広がる(阿久津半之助、宇津権右衛門、見目清左衛門、久右衛門、矢口長右衛門降参)

7

5 明治2 1869

2

賊徒横行のため村々取締規則を定め自衛

12

6 元治5 1869

5

太田、亀梨、飯室、柏崎等諸村から白河へ軍夫徴発

10

7 明治3 1870

亀梨村他、凶年に備え穀物備蓄規定作成

8 明治4 1871

町域の村々は宇都宮県に属す

14

9 明治5 1872

2

平田、前高谷、西高谷、柳林、石末の各村宝積寺渡船場へ馬渡船設置を請願

168

10 明治5 1872

7

陸羽道中、陸運会社開業

164

11 明治5 1872

8

各村内で壬申地券取調始まる

52

12 明治6 1873

5

1小区戸長見目清作、学務係兼務となる

13 明治6 1873

8

地券取調終了、矢板出張所で手直を受ける

55

14 明治6 1873

☆開校した小学校早脩社(文挟寺院)積善舎(大谷寺院)致遠舎(上阿久津民家)上高根沢舎(上高根沢民家)恭脩舎(太田新築)克明舎(中柏崎寺院)石末校(寺院)柳林校(民家)

34

15 明治7 1874

2

壬申地券を地主へ配付

55

16 明治7 1874

☆開校した小学校勧善舎(伏久寺院)啓倫舎(宝積寺寺院)告成舎(亀梨寺院)関俣館(関又寺院)

35

17 明治8 1875

3

前高谷外9ヵ村、前高谷御用取扱所の氏家宿移転反対を県へ請願

25

18 明治8 1875

3

飯室村公有地9反余歩を学校助成のため開墾

59

19 明治8 1875

7

内国通運会社、関俣村岡本五郎平営業開始

165

20 明治8 1875

9

下柏崎の風祭り、琴平神社で狂言芝居興行

371

21 明治8 1875

11

開校、前高谷協習舎(寺院)太田恭脩館の分校

22 明治8 1875

石末.柳林の学校廃校、生徒は宝積寺村啓倫舎へ移る

23 明治9 1876

2

各村で地租改正経費徴収の協議書をつくる

63

24 明治9 1876

2

私立宇津学校、再開校(安政4年頃開校)

48

25 明治9 1876

3

宇津家、金匱救命丸など売薬検査願提出(許可)

202

26 明治9 1876

5

天皇巡幸につき県が道路、橋梁の補修指示

101

27 明治9 1876

6

大祓式に出頭の神社指定、安住神社へ町域の19か村、大谷、上中阿久津は今宮神社

366

28 明治9 1876

10

模範組合村の実地調査、帳簿作成など終了

66

29 明治9 1876

☆廃寺調 上高根沢村正勧寺、光明寺、宝性院、中柏崎高秀寺

368

30 明治9 1876

花岡村の成立で恭修館を関俣館に合併願提出

31 明治10 1877

7

伏久村早修舎分校を狭間田村育徳社へ合併願

32 明治10 1877

改租事務局決定の田畑収穫額の各郡配賦案が県で作られる

74

33 明治11 1878

4

塩谷郡田畑収穫量配賦会議開催

78

34 明治11 1878

11

石末校新築(開校前焼失12年1月再建)

35 明治11 1878

☆那須郡八ヵ代、曲畑村が塩谷郡へ編入を願出(6年から中下柏崎村と同じ小学校結社だったことが理由)

36 明治12 1879

4

県会議員に鈴木良一、矢口長右衛門(補欠)当選

120

37 明治12 1879

7

亀梨村鈴木七郎平、飯室、文挟、上柏崎、亀梨4ヶ村戸長に公選された

109

38 明治12 1879

9

コレラ患者発生

39 明治12 1879

10

早修舎、飯室村に新築移転

40 明治12 1879

11

太田村、凶荒予備蓄積規約を定める

41 明治12 1879

12

コレラ患者の子供への医療、薬扶助願でる

376

42 明治13 1880

2

亀梨村、凶荒予備蓄積約定書を定める、

43 明治13 1880

6

平田、西高谷連合村会開場(議員15人)

44 明治13 1880

11

太田学校資金積立法(1口32銭の籤1600本売り出し)

344

45 明治13 1880

12

塩那両郡有志270人「国会開設建言書」提出(総代阿久津譲大谷、見目清大田)

121

46 明治13 1880

☆林野地租改正終わる(入会地の多くは官有地に編入される)

87

47 明治13 1880

太田村会議規則制定(本籍住民390、議員10人)

110

48 明治13 1880

県議選鈴木良一、矢口長右衛門、阿久津譲(補欠)当選

123

49 明治13 1880

東鬼怒川の渡船を船橋に変更。

162

50 明治13 1880

花岡村単独で一小学区となる

343

51 明治14 1881

2

大谷村会議総則制定(村会費収支規則、衛生委員経費収支規則、農事試験委員俸給旅費収支規則、組総代人設置規則、用水堀浚普請、村内道路橋梁修繕、鎮守掃除祭典費等雑費収支規則)

111

52 明治14 1881

4

大谷村申合規則制定(冠婚葬祭、日常生活、農事の注意、禁止事項)

113

53 明治14 1881

7

上阿久津内国通運出張所(若目田久庫邸)に天皇小休所設定(用意の調度品テーブル4、椅子20、茶具30人分、水飼桶7、煙草盆10個)

105

54 明治14 1881

8

天皇巡幸に合わせ宇都宮喜連川間で東京仙台両鎮台兵が大演習実施

103

55 明治14 1881

12

東北線路線停車場誘致運動のため、上阿久津村有志が日本鉄道株240株購入

177

56 明治14 1881

寺渡戸住民19名、畑開墾のため官有地28.5反拝借(18年12月季明け払い下げ)

57 明治14 1881

花岡小、字四斗蒔に新築移転

58 明治15 1882

3

桑窪村と上柏崎村が井沼川用水に付いて約定

336

59 明治15 1882

4

宇津家、救命丸巡売人廃止

204

60 明治15 1882

7

県議選 阿久津譲、矢口長右衛門、見目清(補欠)当選

61 明治15 1882

☆デフレで没落農民増加(小作地小作農増加、旧村役人層肥料商の地主化)

257

62 明治16 1883

3

中阿久津、野中喜四郎宅で芝居興行

371

63 明治16 1883

4

柏崎小学校、中柏崎へ新築移転

64 明治17 1884

5

奥羽街道開道式(上野原で工事開始、上阿久津村の猛運動で石神-宝積寺-上阿久津を通る)

156

65 明治17 1884

6

県議選 見目清当選

66 明治17 1884

7

石神の鬼怒川橋開橋(洪水で破損、18年再建)

159

67 明治17 1884

10

桑窪村扶桑館(太田小学校分校)創立

456

68 明治17 1884

鷺の谷用水操穴工事着手(18年2月完成)

334

69 明治18 1885

3

上高根沢小、字木の内に校舎新築

346

70 明治18 1885

12

上高根沢村、官有秣場部分木植付け願提出

283

71 明治19 1886

3

県議選 見目清当選

72 明治19 1886

12

中柏崎小学校新築落成

73 明治19 1886

長久保駅開業

178

74 明治20 1887

4

宇塚救命丸の行商記録がある

209

75 明治20 1887

5

見目清を会長に北高根沢農談会開催

118

76 明治20 1887

7

上高根沢、官有地拝借開墾願い提出

283

77 明治20 1887

12

上高根沢人民、官有地拝借利用につき契約書作成

284

78 明治20 1887

上の原台の原257町余塩谷第一御料地となる

283

79 明治20 1887

塩谷郡徴兵慰労議会発足(太田村外11ヵ村戸長役場内の村会議員から委員1名、各戸長役場から村会議員1名宛で議会構成)

236

80 明治20 1887

大谷村桑植付調(桑畑9.5反4620本)

320

81 明治20 1887

平田村公立小学校廃校で吊祭実施

82 明治20 1887

上高根沢村高等小学校設置願提出

349

83 明治20 1887

宝積寺学校廃校、上阿久津小学校に合併

84 明治20 1887

伏久村、官有秣場4.9町余の生草払下げ許可

85 明治21 1888

3

県議選 見目清当選

86 明治21 1888

5

平田村住民17名に開墾用官有地6町8反歩払い下げ

258

87 明治21 1888

6

茨城より烏山を経て長久保駅へ至る新道開削

161

88 明治21 1888

9

平田村大塚、鈴木長右衛門宅で芝居興行

372

89 明治21 1888

10

上高根沢村の芳賀郡への郡替え願提出

140

90 明治21 1888

上高根沢と下高根沢合村村名改称願提出

138

91 明治23 1890

1

政談演説会(会主佐開田重吉、赤羽宥松宅、弁士小松清四郎、山川善太郎、塩田奥造)

130

92 明治23 1890

2

上高根沢村郡替え願提出(最後)

93 明治23 1890

3

県議選 小松清四郎当選

129

94 明治23 1890

5

上高根沢青年クラブ、高等小学校設置を建議

128

95 明治23 1890

7

北高根沢村学術研究会開催

127

96 明治23 1890

8

上高根沢青年クラブ「実業と教育はいずれが先務なるや」につき討論、演説会

128

97 明治23 1890

11

北高根沢村学術研究会開催(11回目)

128

98 明治23 1890

12

大字上高根沢東組消防組合規約制定

374

99 明治24 1891

4

上高根沢、御料地拝借椚植付け許可(上の原、台の原155町2反8畝16歩)

285

100 明治24 1891

5

北高根沢村学術研究会役員改選(変更無し)

128