豊島区/としまひすとりぃ

年表検索結果
 
 
No 史資料 年表種別 元号年 西暦年 できごと

1

昭和

としま(昭和元-10年)

昭和2

1927

5月

1日

雑司が谷浅井原郵便局、高田町大字雑司ケ谷字御堂杉730に設置 【法令全書】

2

昭和

としま(昭和元-10年)

昭和4

1929

7月

15日

雑司が谷墓地内の刑務所付属墓地で市ケ谷、巣鴨、豊多摩3刑務所死亡受刑者4,002体の合葬を行い「噫悲しき哉獄死者之霊」の碑をたてる 【日本刑罰史年表】

3

昭和

としま(昭和元-10年)

昭和7

1932

10月

21日

椎名町を長崎東に、東長崎を長崎南に、高田を豊島高田本町に、雑司が谷旭出を豊島日出に、高田上り屋敷を雑司が谷6に、雑司が谷浅井原を雑司が谷5に、高田大原を目白に、巣鴨染井下を豊島駒込6に、巣鴨庚申塚を西巣鴨3に、巣鴨宮仲を大塚駅前に、巣鴨向原を西巣鴨1に、巣鴨堀の内を豊島堀之内に、北池袋を池袋3に、巣鴨宮仲橋を西巣鴨2に、西池袋を池袋2に、池袋駅東口を池袋1に、各郵便局改称 【法令全書】

4

昭和

としま(昭和元-10年)

昭和8

1933

4月

東京市公園課、雑司が谷墓地内に照明灯をつける 【市公報】

5

昭和

としま(昭和元-10年)

昭和9

1934

3月

16日

雑司が谷墓地で無縁霊供養を僧侶3名の参加で行う 【市公報】

6

昭和

としま(昭和元-10年)

昭和9

1934

9月

1日

詩人・画家竹久夢二没、雑司が谷霊園に墓あり 【日本人名大事典】

7

昭和

としま(昭和元-10年)

昭和9

1934

11月

21日

豊島辻町通を豊島向宮通に、雑司が谷5を東雑司が谷に、雑司が谷6を西雑司が谷に各郵便局改称 【法令全書】

8

昭和

としま(昭和11-20年)

昭和12

1937

3月

23日

雑司が谷墓地諸霊供養を宝城寺住職により行う。区長など出席 【市公報】

9

昭和

としま(昭和11-20年)

昭和12

1937

9月

7日

雑司が谷鬼子母神で時局講演映画会をひらき、8日出征軍人武運長久の祈祷祭を行う 【市公報】

10

昭和

としま(昭和11-20年)

昭和13

1938

12月

13日

雑司が谷墓地内崇祖堂(納骨堂)落成。24日使用開始 【市公報】

11

昭和

としま(昭和11-20年)

昭和14

1939

8月

雑司が谷中部町会役員―同名で町会整備に関し秋田雨雀批難のビラをまく 【資4-1095~7】

12

昭和

としま(昭和11-20年)

昭和14

1939

9月

7日

小説家泉鏡花没、雑司が谷霊園に墓あり 【日本人名大事典】

13

昭和

としま(昭和11-20年)

昭和15

1940

4月

18日

雑司が谷鬼子母神のケヤキ並木、府天然記念物に指定 【東京都の文化財】

14

昭和

としま(昭和11-20年)

昭和16

1941

11月

14日

雑司が谷靴下工業小組合設立認可申請を府知事に出す。12月15日認可 【資4-794~5】

15

昭和

としま(昭和11-20年)

昭和18

1943

1月

19日

雑司が谷御野立所公園、日出町3丁目に開園 【市公報】

16

昭和

としま(昭和11-20年)

昭和18

1943

6月

5日

雑司が谷共同墓地に一如地蔵建立、旧市ケ谷刑務所での刑死者290名の追悼慰霊を行う 【日本刑罰史年表】

17

昭和

としま(昭和11-20年)

昭和18

1943

8月

31日

宮仲・雑司が谷御野立所・巣鴨の各公園管理、都長官から区長に委任 【都公報】

18

昭和

としま(昭和11-20年)

昭和19

1944

3月

20日

日本基督教団雑司が谷基督教会(雑司ヶ谷町1-68)、上富坂教会を合併することを都長官認可 【都公報】

19

昭和

としま(昭和11-20年)

昭和19

1944

4月

1日

都電、大塚車庫前停留場、大塚終点方向のみ廃止、雑司が谷雑司が谷4丁目急行停車をやめる。都バス、鬼子母神裏・堀之内町・仰高西国民学校通・大塚公園下の各停留所廃止 【都公報】

20

昭和

としま(昭和11-20年)

昭和19

1944

10月

1日

日本基督教団豊島雑司が谷教会の法人化を都長官認可 【都公報】