豊島区/としまひすとりぃ

年表検索結果
 
 
No 史資料 年表種別 元号年 西暦年 できごと

1

近世

としま(江戸前期)

慶長年間

1615

磐城平藩安藤家下屋敷、雑司が谷に成立(将軍家光代とする説もあり) 【通1-422~27】

2

近世

としま(江戸前期)

元和年間

1624

法明寺10世日雄が鬼子母神樹木の伐採をしたので,雑司が谷村民、これを本多佐渡守正信に訴えて中止させる 【通1-383】

3

近世

としま(江戸前期)

寛永1

1624

9月

願主岡本氏、雑司が谷鬼子母神稲荷宮へ絵馬奉納 【資3-560】

4

近世

としま(江戸前期)

寛永5

1628

10月

28日

江戸近郊に鷹場法度を制定。雑司が谷ほか9か村(区外)は代官倉橋庄兵衛触れる 【資3-130】

5

近世

としま(江戸前期)

寛永5

1628

伝通院領雑司が谷村本納寺造立 【資1-415】

6

近世

としま(江戸前期)

寛永10

1633

9月

19日

篠原多左衛門・長尾五郎右衛門ほか、雑司が谷村の検地おこなう。畑屋敷反別45町6反1畝28歩・分米196石469。田反別不明 【資2-7~31,資3-438、495】

7

近世

としま(江戸前期)

寛永10

1633

伝通院領雑司が谷村に蓮成寺造立 【資1-45】

8

近世

としま(江戸前期)

寛永10

1633

雑司が谷村戸張平次左衛門、この年より雑司が谷村名主役を勤める 【資3-440、494】

9

近世

としま(江戸前期)

寛永11

1634

長島内匠助・戸梁唯兵衛、雑司が谷鬼子母神奉射祭礼の式を記し、後世に伝える 【資3-205,櫨楓】

10

近世

としま(江戸前期)

寛永11

1634

雑司が谷鬼子母神歩射来当、長島内匠助・戸梁唯兵衛(作兵衛とも) 【資3-636,櫨楓】

11

近世

としま(江戸前期)

寛永16

1639

7月

25日

将軍徳川家光、高田・雑司が谷で狩。大橋竜慶宅で御膳 【資3-670】

12

近世

としま(江戸前期)

寛永17

1640

9月

29日

将軍徳川家光、中野で放鷹、雑司が谷の寺で昼餉 【資3-670】

13

近世

としま(江戸前期)

寛永17

1640

10月

13日

将軍徳川家光、巣鴨・雑司が谷で狩、薬園(のちの護国寺境内)で御膳 【資3-670】

14

近世

としま(江戸前期)

寛永18

1641

10月

18日

将軍徳川家光、雑司が谷で狩 【資3-671】

15

近世

としま(江戸前期)

寛永18

1641

雑司が谷村に市谷自証院領成立(1647・正保4年説もあり) 【資1-411,資3-437、493、495】

16

近世

としま(江戸前期)

寛永20

1643

1月

6日

将軍徳川家光、雑司が谷で鷹狩 【資3-671】

17

近世

としま(江戸前期)

寛永頃

1644

実蔵院日相、雑司が谷の地に三宝諸尊を建立 【櫨楓】

18

近世

としま(江戸前期)

正保1

1644

7月

28日

将軍徳川家光、雑司が谷で狩 【資3-671】

19

近世

としま(江戸前期)

正保1

1644

「武蔵田園薄」成る(~1650・慶安3年)。下高田村173石734、野村彦大夫代官所。雑司が谷村257石912、うち野村彦大夫代官所47石912・自証院領200石・法明寺領10石。池袋村158石245、うち野村彦大夫代官所30石・天羽七右衛門12石148・斎藤長左衛門31石・服部助左衛門16石84・水野孫助15石341・斎藤惣左衛門15石・高木半左衛門14石882・吉田清六郎11石・吉田多右衛門7石92・阿部勘左衛門4石114。長崎村215石5038、うち野村彦太夫代官所36石6253・太田新左衛~(略)

20

近世

としま(江戸前期)

正保3

1646

2月

5日

将軍徳川家光、雑司が谷で狩 【資3-671】