豊島区/としまひすとりぃ

年表検索結果
 
 
No 史資料 年表種別 元号年 西暦年 できごと

1

原始・古代・中世

としま(原始~織豊期)

元弘
建武頃

1338

後醍醐天皇に仕奉の北面の雑司、柳下若狭・幌(戸張)平次左衛門・長島内匠など、浪人して関東に下り、雑司が谷村を開く。一説に応永(1394-1428)の頃ともいう 【資1-411,資3-437】

2

原始・古代・中世

としま(原始~織豊期)

応永年間

1428

日宥、雑司が谷鬼子母神境内のいちょうを植えるという【新編若葉の梢】

3

原始・古代・中世

としま(原始~織豊期)

文安1

1444

5月

2日

雑司が谷村土着の戸張平司左衛門基賢没す 【資3-440】

4

原始・古代・中世

としま(原始~織豊期)

弘治年間

1558

雑司が谷武芳稲荷社勧請 【資3-438、578】

5

原始・古代・中世

としま(原始~織豊期)

永禄2

1559

2月

後北条氏、「小田原衆所領役帳」を作成する。区内の長崎・雑司が谷・高田・池袋・菅面(巣鴨)・駒込などの村々の名がみえる 【資1-80~3,通1-286~93】

6

原始・古代・中世

としま(原始~織豊期)

天正1

1573

雑司が谷宝城寺、日道によって和田戸山に創建される 【高田村誌】

7

原始・古代・中世

としま(原始~織豊期)

天正6

1578

5月

1日

雑司が谷鬼子母神堂、稲荷社地へ造営。東陽坊日性尊容を安置し、雑司が谷一郷の総鎮守となる 【資3-189、200~6、438、447】

8

原始・古代・中世

としま(原始~織豊期)

天正6

1578

5月

3日

雑司が谷の諸旦越が合力し、鬼子母神の社頭を建立する 【通1-297】

9

原始・古代・中世

としま(原始~織豊期)

天正6

1578

6月

15日

雑司が谷鬼子母神で草薙の神事始まる 【資3-584】

10

近世

としま(江戸前期)

慶長年間

1615

磐城平藩安藤家下屋敷、雑司が谷に成立(将軍家光代とする説もあり) 【通1-422~27】

11

近世

としま(江戸前期)

元和年間

1624

法明寺10世日雄が鬼子母神樹木の伐採をしたので,雑司が谷村民、これを本多佐渡守正信に訴えて中止させる 【通1-383】

12

近世

としま(江戸前期)

寛永1

1624

9月

願主岡本氏、雑司が谷鬼子母神稲荷宮へ絵馬奉納 【資3-560】

13

近世

としま(江戸前期)

寛永5

1628

10月

28日

江戸近郊に鷹場法度を制定。雑司が谷ほか9か村(区外)は代官倉橋庄兵衛触れる 【資3-130】

14

近世

としま(江戸前期)

寛永5

1628

伝通院領雑司が谷村本納寺造立 【資1-415】

15

近世

としま(江戸前期)

寛永10

1633

9月

19日

篠原多左衛門・長尾五郎右衛門ほか、雑司が谷村の検地おこなう。畑屋敷反別45町6反1畝28歩・分米196石469。田反別不明 【資2-7~31,資3-438、495】

16

近世

としま(江戸前期)

寛永10

1633

伝通院領雑司が谷村に蓮成寺造立 【資1-45】

17

近世

としま(江戸前期)

寛永10

1633

雑司が谷村戸張平次左衛門、この年より雑司が谷村名主役を勤める 【資3-440、494】

18

近世

としま(江戸前期)

寛永11

1634

長島内匠助・戸梁唯兵衛、雑司が谷鬼子母神奉射祭礼の式を記し、後世に伝える 【資3-205,櫨楓】

19

近世

としま(江戸前期)

寛永11

1634

雑司が谷鬼子母神歩射来当、長島内匠助・戸梁唯兵衛(作兵衛とも) 【資3-636,櫨楓】

20

近世

としま(江戸前期)

寛永16

1639

7月

25日

将軍徳川家光、高田・雑司が谷で狩。大橋竜慶宅で御膳 【資3-670】