豊島区/としまひすとりぃ

年表検索結果
 
 
No 史資料 年表種別 元号年 西暦年 できごと

1

近世

としま(江戸前期)

慶長5

1600

西巣鴨法福寺(もと浅草北島町)、仙龍和尚によって開基されるという 【区史、1941】

2

近世

としま(江戸前期)

慶長16

1611

2月

西巣鴨白泉寺(もと遠州)、雪外宗秀和尚の開基になるという 【区史、1941】

3

近世

としま(江戸前期)

慶長17

1612

5月

30日

増上寺に巣鴨村130石ほかの家康判物公布される 【御当家令条】

4

近世

としま(江戸前期)

慶長年間

1615

仁平三河守の子某、保坂氏と改名。またその子徳右衛門某、村内の新田を開発し、地頭より除地1町8反1畝歩をもらい、代々巣鴨村名主役となる 【資3-441】

5

近世

としま(江戸前期)

元和1

1615

4月

西巣鴨慈眼寺(もと深川)、開基日遼上人により創設されるという 【区史、1941】

6

近世

としま(江戸前期)

元和5

1619

西巣鴨盛雲寺(もと下谷北稲荷町)龍誉喜山大和尚によって開基される 【区史、1941】

7

近世

としま(江戸前期)

寛永1

1624

西巣鴨妙行寺、本妙寺日慶上人により赤坂に建立されるという 【区史、1941】

8

近世

としま(江戸前期)

寛永3

1626

西巣鴨良感寺、良感求欣和尚により小石川同心町に建立されるという 【区史、1941】

9

近世

としま(江戸前期)

寛永10

1633

10月

6日

将軍徳川家光、小石川・巣鴨・板橋で狩 【資3-669】

10

近世

としま(江戸前期)

寛永13

1636

「東海道四谷怪談」のお岩没。墓、妙行寺(現西巣鴨4丁目) 【豊島区史跡散歩】

11

近世

としま(江戸前期)

寛永17

1640

1月

9日

将軍徳川家光、小石川・巣鴨で狩 【資3-670】

12

近世

としま(江戸前期)

寛永17

1640

10月

13日

将軍徳川家光、巣鴨・雑司が谷で狩、薬園(のちの護国寺境内)で御膳 【資3-670】

13

近世

としま(江戸前期)

慶安2

1649

10月

5日

巣鴨真性寺所在の庚申塔造立される(現存せず) 【豊島の庚申塔】

14

近世

としま(江戸前期)

承応2

1653

2月

28日

巣鴨村大日堂建立(寛永頃の建立説もあり) 【資3-193、419、441】

15

近世

としま(江戸前期)

明暦2

1656

3月

保坂四良兵衛他11名、巣鴨大日堂所在の庚申塔を造立 【豊島の庚申塔】

16

近世

としま(江戸前期)

明暦3

1657

1月

18日

本郷丸山の本妙寺(現豊島区巣鴨5丁目)より出火。明暦の大火となる。明暦の大火供養塔境内にあり 【通1-407】

17

近世

としま(江戸前期)

明暦3

1657

3月

巣鴨庚申待板碑(文亀2年建立という)、材木が倒れて砕けたので、保坂徳右衛門他19名庚申塔を再建する。庚申塚として知られる 【資3-562】

18

近世

としま(江戸前期)

万治1

1658

4月

7日

白泉寺所在の庚申塔(三猿)造立される 【巣鴨の庚申塔】

19

近世

としま(江戸前期)

万治3

1660

8月

5日

駒込・巣鴨・雑司が谷など、南伝馬町・大伝馬町への駄賃助馬、持馬1疋につき1か年3疋ずつに増加される。それ以前は1か年2疋ずつで、1653・承応2年より始まる 【資3-57~8、93】

20

近世

としま(江戸前期)

万治3

1660

駒込村名主将監(野村藤右衛門代官所・伝通院領)、巣鴨村名主徳右衛門(増上寺領)。雑司が谷村名主甚右衛門(自証院領) 【資3-58】