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[年表] 守谷町史 (207 件)

 
No 史資料 年表種別 元号年 西暦年 事項文 備考 関連

1

守谷町史

年表

BC三〇、〇〇〇~一〇、〇〇〇

刃器・尖頭器・細石器などがつくられ先土器文化が発達する。郷州原遺跡

17
19
55

2

守谷町史

年表

BC六、〇〇〇

このころ海運が最盛期となり、貝塚がつくられるようになる。北守谷遺跡など

19
54

3

守谷町史

年表

BC四、〇〇〇

鈴塚遺跡・郷州原遺跡(縄文)など

19
31
52
55

4

守谷町史

年表

BC三、〇〇〇

支谷に臨む台地上に大規模集落が形成されるようになる。今城遺跡など

19
45
45
52

5

守谷町史

年表

BC二、〇〇〇

遺跡数がやや減少する。大日遺跡(縄文)

19
47

6

守谷町史

年表

AD二〇〇

200

このころ、小貝川流域に水田が形成され、台地上に大規模な集落が営まれるようになる。大日遺跡(弥生)

31
47
48

7

守谷町史

年表

三〇〇~四〇〇

300

郷州原遺跡(古墳)・乙子遺跡・北今城遺跡・仲原遺跡・大日遺跡(古墳)

19
45
45
47
48
49
50
52
55

8

守谷町史

年表

三五〇~四五〇

350

このころ、茨城県内に初現期の古墳が築造される(八郷町丸山古墳・玉造町勅使塚古墳・岩瀬町狐塚古墳など)

35

9

守谷町史

年表

四五〇

450

このころから茨城県内に大形古墳が登場する(石岡市舟塚山古古墳・水戸市愛宕山古墳など)

35

10

守谷町史

年表

四五〇

450

常陸地方に六国が置かれ(高・久自・仲・茨城・筑波・新治)国造が支配する。守谷地方は印波国に属するとみられる

11

守谷町史

年表

大化元

645

常陸国、六評(郡)となる(新治・筑波・久慈・那賀・多珂・茨城)。守谷地方は下総国相馬郡となる。このころ、常陸国庁を茨城(石岡)、下総国庁を葛餝(かつしか)(市川)に置く

58

12

守谷町史

年表

大化元

645

このころ、古墳づくりが一般化し、群集墳が盛行する

35

13

守谷町史

年表

持統元

687

常陸国に高麗人五六人が配住される

14

守谷町史

年表

文武二

698

下総国大風、民家多数崩壊

15

守谷町史

年表

大宝元

701

郡庁がおかれるようになる

16

守谷町史

年表

大宝三

703

郡庁足下総守となる

17

守谷町史

年表

和銅元

708

賀茂吉備麻呂下総守となる

18

守谷町史

年表

和銅六

713

風土記撰上の詔。まもなく『風土記』の編纂がはじまる

19

守谷町史

年表

霊亀元

715

このころ、里を郷とする

20

守谷町史

年表

養老五

721

下総国倉麻(そうま)郡意布(おふ)郷戸籍(正倉院文書)

62