弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍

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No 史資料 年表種別 元号年 西暦年 事項文 備考 関連

1

年表・索引編

全国・県域事項

弥生時代
(約二三〇〇年前~)

倭の奴国王、後漢の武帝から印綬を授けられる。邪馬台国の時代。

【区分】:全国

2

年表・索引編

蝦夷・津軽・奥羽関係

正応元

1288

七月

氏ら、中別所の板碑建立。

【本文参照ページ】:通史編1(古代・中世)p252/通史編1(古代・中世)p361

3

年表・索引編

蝦夷・津軽・奥羽関係

元弘三
正慶二

1333

この頃から朝廷方と幕府方が争い、津軽では大寺・石川・持寄等の合戦起こる。

【本文参照ページ】:通史編1(古代・中世)p314/通史編1(古代・中世)p315/通史編1(古代・中世)p315

4

年表・索引編

蝦夷・津軽・奥羽関係

延元元
建武三

1336

一月

曽我貞ら、藤崎・平内などで南部氏と交戦。

【本文参照ページ】:通史編1(古代・中世)p373

5

年表・索引編

蝦夷・津軽・奥羽関係

延元元
建武三

1336

曽我貞、小栗山楯を襲い奮戦、田舎楯を攻め、新里楯・堀越楯を築く。

【本文参照ページ】:通史編1(古代・中世)p374

6

年表・索引編

蝦夷・津軽・奥羽関係

延元四
暦応二

1339

六月

南朝に寝返った安藤四郎が尻八楯(現三世寺あたり)に攻め入り、安藤師季・曽我貞が奮戦。

【本文参照ページ】:通史編1(古代・中世)p375/通史編1(古代・中世)p382

7

年表・索引編

蝦夷・津軽・奥羽関係

興国二
暦応四

1341

曽我貞・師助、南部政長の立てこもる糠部を攻撃。

【本文参照ページ】:通史編1(古代・中世)p376

8

年表・索引編

蝦夷・津軽・奥羽関係

興国二
暦応四

1341

曽我頼、加土計郷(現門外付近)を得る。

【本文参照ページ】:通史編1(古代・中世)p266/通史編1(古代・中世)p377

9

年表・索引編

蝦夷・津軽・奥羽関係

明徳四

1393

この年、南部政ら、八戸根城を本拠とする。

【本文参照ページ】:

10

年表・索引編

蝦夷・津軽・奥羽関係

延徳三

1491

この年、大浦信が津軽西浜種里に入部。

【本文参照ページ】:通史編1(古代・中世)p444/通史編1(古代・中世)p463/通史編1(古代・中世)p482

11

年表・索引編

蝦夷・津軽・奥羽関係

明応七

1498

南部信時四男の康が、外浜堤ヶ浦に入部し、津軽郡代に。

【本文参照ページ】:通史編1(古代・中世)p447

12

年表・索引編

蝦夷・津軽・奥羽関係

文亀二

1502

この年、大浦信が賀田城を築き、盛信を置く(津軽の資料)。

【本文参照ページ】:通史編1(古代・中世)p444/通史編1(古代・中世)p463/通史編1(古代・中世)p469

13

年表・索引編

蝦夷・津軽・奥羽関係

天文二

1533

南部安信、藤崎城主安藤教季・大寺城主葛西頼清を討ち、弟高信を石川城に置く(文亀二年の説もあり)。

【本文参照ページ】:通史編1(古代・中世)p447/通史編1(古代・中世)p481/通史編1(古代・中世)p492

14

年表・索引編

蝦夷・津軽・奥羽関係

天正三

1575

八月

十三日

為信、大寺城を攻撃するも敗北。

【本文参照ページ】:通史編1(古代・中世)p453/通史編1(古代・中世)p482

15

年表・索引編

蝦夷・津軽・奥羽関係

天正四

1576

八月

為信、大寺城を攻略し、城代瀧本重行は南部へ退去。

【本文参照ページ】:通史編1(古代・中世)p453/通史編1(古代・中世)p485

16

年表・索引編

全国・県域事項

天正一〇

1582

六月

二日

織田信長、本能寺で明智秀に倒される(本能寺の変)。

【区分】:全国

17

年表・索引編

蝦夷・津軽・奥羽関係

天正一三

1585

八月

為信、最上義を訪ねんとして、出羽の海上にて大風に遭い帰還。

【本文参照ページ】:

18

年表・索引編

政治・経済等

慶長四

1599

為信、鎌倉の人左馬助建広を次女の聟となし大寺城に置く。

【本文参照ページ】:

19

年表・索引編

政治・経済等

慶長一三

1608

五月

寺津軽左馬助建広、信建の子大熊の家督相続を幕府に訴える(正月幕府却下)。

【本文参照ページ】:通史編2(近世1)p143/通史編2(近世1)p160

20

年表・索引編

宗教・文化・教育等

慶長一五

1610

この年、明山最勝院を寺社の総録とする。

【本文参照ページ】: