函館市/函館市地域史料アーカイブ

年表検索結果
 
 
No 史資料 年表種別 元号年 西暦年 事項文 備考 関連

1

戸井町史

年表

享徳3年

1454

8月

28日

安東政季、蠣崎信広等が南部を逃れ、大畑から蝦夷地に渡ったという。これは新羅之記録など松前側のものであるが南部側の記録は康正三年となっている。前後の事蹟から松前側の享徳三年は疑わしい。

153
1135

2

戸井町史

年表

康正3年

1457

下北城が沢の北部王家五代義純の順法寺城を攻め、北部王家を滅した蠣崎錦帯城の蠣崎信純が、根城南部十三代の南部政経に攻められ、大敗して、安東政季と共に大畑から蝦夷地に逃れた。この頃南の各所に和人の館があった。(九月二十八日長禄と改元)

151
153
1135

3

戸井町史

年表

康正3年

1457

波多城主、畑因幡(いなば)が帰農して大畑順右衛門と称した。

4

戸井町史

年表

正徳5年

1715

4月

明和年代汐首岬附近で遭難した船の船主が、寄進したと伝えられ、汐首観音堂に伝承されている大鐘鼓に「正徳五乙未天卯月吉祥日、西村和泉守作」と刻まれている。下北大畑の心光寺に「元文三年、江戸西村和泉守作」と刻銘された延命地蔵尊像が安置されている。

336
1102
354

5

戸井町史

年表

元文3年

1738

下北の大畑町心光寺に、元文三年江戸西村和泉守作の銘を刻んだ延命地蔵尊像がある。戸井町汐首観音堂にあるも西村和泉守の作で宝暦四年の銘がある。

354

6

戸井町史

年表

文化10年

1813

3月

1日

箱館の丸木舟が、大畑釣屋浜に漂着した。

7

戸井町史

年表

嘉永2年

1849

小安村汐首の鈴木屋由松が、寺子屋を開き、附近の子弟を教育した。由松は下北郡大畑の舟間屋の家に生れたが、十七才の時に箱館に渡り、その後汐首に移住して豆腐屋を営んだ。文筆にすぐれた人であったので、村人の要請で寺子屋を開いたのである。汐首鈴木家の祖。

571

8

戸井町史

年表

昭和7年

1932

4月

2日

午前八時三十分頃、下北郡大畑町の新町から出火し、風速二十m~二十五mの強風にあおられ、湊方面に延焼し、一六八戸を全焼するという大火になった。この大火は対岸戸井からも望まれた。