堺市立中央図書館/堺市史

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第三編 名蹟誌 第一章 神社及神社址 第二節 神社址
(一一)神明神社址
堺市立中央図書館/堺市史    堺市史 第七巻
域を示してゐる。續いて南隣には東西六間(新間六間三尺)南北五間半(新間五間五尺七
寸五分)の境域に亙る神宮寺があつた。兩域共に西面し、就中神社は西側馬場先の東端に
鳥居を建て、境内中央に南面して社殿があつた。神...
第一編 人物誌 第四章 整頓期(明治維新以後)
(一五)環溪密雲
堺市立中央図書館/堺市史    堺市史 第七巻
めて十二歳、近江彦根清涼寺の寂室賢光につき出家して衆峰と稱した。既にして十四歳の
春、攝津莵原郡立毛村神宮寺(現海藏寺)の松濤天岩に師事し、十六歳の春より大智禪師
の舊蹟として知られた肥後石貫郡石貫村廣福寺に修...
第一編 人物誌 第三章 爛熟期(大阪陣より明治維新迄)
(二五八)今井道與
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今井兼利は其遠裔であるといふ。(田中松次郞氏談話)【松齡院に義弘の壽像を安置す】
後道與は一草庵を住吉神宮寺の邊に創立し、松齡院と號して義弘の壽像を安置し、(今井
道與由緖書)元和五年七月二十七日歿した。(今井...
第三編 名蹟誌 第三章 史蹟名勝 第三節 史蹟(三)(特に個人屋敷址)
(二)岡田爲恭潛匿址
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箇所ある。一は湊の安樂院、二は市之町間中惣兵衞の邸であつた。【安樂院址】安樂院は
今の東湊町船待神社の神宮寺で、同社境内にあつたが、明治維新の際取拂はれた。(三上
嘉一氏談)【間中屋敷址】間中惣兵衞の邸は市之町...