堺市立中央図書館/堺市史

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第三編 名蹟誌 第三章 史蹟名勝 第一節 史蹟(一)
(一〇)御蔭山址
堺市立中央図書館/堺市史    堺市史 第七巻
天保七年の飢饉に際し窮民救濟の土木事業として築造された御蔭山は、茶粥、困窮、天保
、小硯、筑波山などの別名...
第一編 人物誌 第三章 爛熟期(大阪陣より明治維新迄)
(四〇)伊藤吉左衞門
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られ、始めて見習役となつた。十七歳武具方となり、爾後累遷して地方役、同心支配調役
、新地方等に轉じた。天保十一年江戸西城、弘化二年江戸城の造營に方り、銅瓦製作の工
を督し、功を以て銀若干を賞賜せられた。信通人...
第一編 人物誌 第三章 爛熟期(大阪陣より明治維新迄)
(一一〇)宙寶宗宇
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後松月軒に退居し(龍寶山大德禪寺世譜)後亦南宗寺の八十二世となつた。(南宗寺歷世
年譜)【禪師號勅賜】天保七年仁孝天皇より大光眞照禪師の徽號を忝うしてゐる。【詩書
を能くす】宙寶能く詩書に通じ法務の傍ら筆硯を...
第一編 人物誌 第三章 爛熟期(大阪陣より明治維新迄)
(一二二)神南邊道心
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神南邊大道心事蹟)大佛殿内賓都婁尊者の木像は、其寄進したものである。(堺史談會誌
第五號)【錫杖下賜】天保七年嵯峨御所より錫杖を下賜せられ、時の堺奉行よりは、念珠
を寄與せられた。(指吸重喜日記)又旭蓮社の爲...
第一編 人物誌 第三章 爛熟期(大阪陣より明治維新迄)
(一五〇)田中芳桂
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男、芳洲の孫に當り、年少家業を繼いで、大高、池田の二氏に學び、特に痘科に長じた。
【施藥所醫員となる】天保七年幕府施藥所を設置するに當り醫員に列した。人と爲り、外
剛内和、能く伯兄宣正と勠力して家政を治め、友...
第一編 人物誌 第三章 爛熟期(大阪陣より明治維新迄)
(一八七)廣瀨旭莊
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龜井昱に學んだ。【堺に來り專修寺に寓居】三十歳の時同鄕人で、堺に醫を開業せる、小
林安石の懇請に應じ、天保七年五月來つて、安石の邸に入り、淹留三旬、其斡旋により、
七月神明町寺町專修寺(神明町東三丁に其寺址が...
第一編 人物誌 第三章 爛熟期(大阪陣より明治維新迄)
(三一一)四代目 竹本中太夫
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取つた。十一月蹙仇討鶴ヶ岡の段阿彌陀寺の口を語つた。それより暫く本町一丁目の自宅
に退隱して居つたが、天保三年正月稻荷文樂座に、生寫朝顏話新物の時、【四代竹本中太
夫】竹本中太夫と改名して、其四代目を襲いだ。...
第一編 人物誌 第四章 整頓期(明治維新以後)
(一五)環溪密雲
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田郡坪井村報恩寺に安居し、傍ら外典を學んだ。二十歳の時、【參禪修行】長崎皓臺寺の
祖芳に就いて參禪し、天保九年の秋、神宮寺の松濤老師の退去に隨ふて、大阪に寓居し、
執事となり、傍ら儒學、書畫、茶湯、花道等を學...
第二編 神社、寺院、教會誌 第二章 寺院誌 第四節 禪宗
(一)南宗寺
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共に屢々無住或は兼住の時代があつた。【開山堂の修復】開山堂は延寶六、七年の交を始
めとし、享保、明和、天保年中屢々修復を加へられ、(棟札銘)【大林和尚の塔牌成る】
又同堂に安置せる開山大林和尚の塔銘牌は、承應...
第一編 人物誌 第三章 爛熟期(大阪陣より明治維新迄)
(二一)矢部定謙
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り文化四年に至るまで、堺奉行在職の際(文化十年手鑑茅溟刺吏鑑)父に從ふて、其任地
にあつた。【堺奉行】天保二年正月先手より堺奉行に轉じ、同四年七月大阪町奉行に進み
、尋いで勘定奉行に轉じ、同十三年歿した。(史...
第一編 人物誌 第三章 爛熟期(大阪陣より明治維新迄)
(三五)小松忠盈
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堺の人、歳四十始めて紀州藩に仕へ、其堺の藩邸に出入すること十餘年、職を奉じて勤勉
、七囘の褒賞を得た。天保六年擢んでられて騎士となり、翌七年九月二十日享年五十六歳
を以て歿した。【墓所】本源院に葬り法號を德功...
第一編 人物誌 第三章 爛熟期(大阪陣より明治維新迄)
(三六)上條柳居
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嗜まなかつたが、客あれば必ず整へて歡を盡した。人の短を言ふ者を戒しめ、長所を擧げ
て庇護した。【墓所】天保十四年七月四日疾を以て歿した。享年六十六歳。堺遍照寺(現
櫛屋町東四丁)先塋の次に葬り、(上條柳居墓碣...
第一編 人物誌 第三章 爛熟期(大阪陣より明治維新迄)
(四一)磯矢賴母
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磯矢賴母諱は可信、字は士行、如流と號した。與力辻村正靜の子である。幼にして磯矢照
信の義子となつた。天保四年大鹽平八郞の亂に、大阪東町奉行所附の與力多くは其籍を沒
せられた。【大鹽亂後復職】變後官職に適する...
第一編 人物誌 第三章 爛熟期(大阪陣より明治維新迄)
(一〇六)剛堂宗健
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十世、(龍寶山大德禪寺世譜)南宗寺の八十五世となつた。(南宗寺歷世年譜)文化十年
東海寺輪番職に轉じ、天保六年二月二十八日示寂した。(南宗寺歷世年譜)世壽七十五。
(龍寶山大德禪寺世譜)
第一編 人物誌 第三章 爛熟期(大阪陣より明治維新迄)
(一〇七)性海
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下の俊足には、肥前藤津郡白馬光嚴寺の寒淵、播磨室津寂靜寺の海音、肥後山鹿郡新町大
光寺の寬寧等がある。天保九年正月享年七十四歳を以て示寂した。(眞宗學苑談叢後編)
諡して乘誓院といふ。【著述】著書に囘願遠錄四...
第一編 人物誌 第三章 爛熟期(大阪陣より明治維新迄)
(一〇八)護法宗行
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あつて東海寺の住職を辭し、南宗寺の塔頭集雲菴に退居した。常に葛城の慈雲和上に盟約
して大戒衆に超えた。天保九年三月五日、世齡八十七を以て示寂した。(寶山住持世記下
、龍寶山大德禪寺世譜)
第一編 人物誌 第三章 爛熟期(大阪陣より明治維新迄)
(一〇九)琢堂
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は堺の人で、江戸上野寬永寺の學僧であつた。詩文を能くし、謙讓自ら持して敢て人に衿
らず、老を堺に養ひ、天保九年四月享年七十餘歳を以て病歿した。(日間瑣事備忘)
第一編 人物誌 第三章 爛熟期(大阪陣より明治維新迄)
(一五一)田中宣正
堺市立中央図書館/堺市史    堺市史 第七巻
【田中宣正】田中宣正字は子通、醫名は仙庵、知碩と號した。卽ち芳桂の兄で、醫を以て
業とした。天保三年五月八日享齡六十歳歿し、金蓮寺に葬つた。法號を杏林齋といふ。(
墓誌)
第一編 人物誌 第三章 爛熟期(大阪陣より明治維新迄)
(一八三)柴田鳩翁
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左衞門方に滯在し、庸行舍に講義し、九月再び來つて道話を講説し、尾崎其他の近村を巡
講して十月歸京した。天保元年七月の大震に京都の居宅大破したるを以て、明倫舍の請に
より、講師として其舍に移住し、爾後、輪講、會...
第一編 人物誌 第三章 爛熟期(大阪陣より明治維新迄)
(一八四)小川宗右衞門
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敬齋は由來堺は古來の貿易港として殷賑の地なるに關らず、就學の者甚だ尠きを憂へ、子
弟養成を念とし、遂に天保十三年時の堺奉行水野忠一に宛て、鄕學校設立の願書を提出し
た。忠一卽ち之を幕府に以聞し、翌年春に至り、...