NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ

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■龍駕の跡 (明治11年の天皇北陸・東海道巡行) [ルビ・注記]
龍駕(りょうが 天子の車)の跡(注一)
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
)なき程なりしとか。栗ケ原にて御小休あり。此処より御昼行在所(あんざいしょ行幸の
際の仮のすまい)たる軽井沢迄はまだ余程遠ければとて、此処の茶屋にては握り飯を多く
拵(あつら)へて売りに出だしたるを、或方へ買ひ...
天明3年7月14日 御役所より被仰渡御書付之写并請印 [解説]
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
解説する。ちなみに岩村田宿は、中山道の宿場の一つで、江戸から碓氷峠を越えて信州に
入ると、最初の宿場が軽井沢宿で、沓掛宿・追分宿(以上の軽井沢三宿は軽井沢町)・小
田井宿(御代田町)をへて岩村田宿にいたる。次の...
天明3年8月23日 浅間山大焼け以来難儀につき見分願い [解説]
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
解説する。ちなみに岩村田宿は、中山道の宿場の一つで、江戸から碓氷峠を越えて信州に
入ると、最初の宿場が軽井沢宿で、沓掛宿・追分宿(以上の軽井沢三宿は軽井沢町)・小
田井宿(御代田町)をへて岩村田宿にいたる。次の...
天明3年12月10日 浅間山焼けにより小物成免除願い [解説]
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
解説する。ちなみに岩村田宿は、中山道の宿場の一つで、江戸から碓氷峠を越えて信州に
入ると、最初の宿場が軽井沢宿で、沓掛宿・追分宿(以上の軽井沢三宿は軽井沢町)・小
田井宿(御代田町)をへて岩村田宿にいたる。次の...
■諸国道中商人鑑 [解説]
3 松井田から追分まで
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
上部余白には「左に麻布の瀧見ゆ碓氷御関所」と記され、関所の絵が小さく描かれている
。・「さ中山道坂本宿軽井沢え二里半十六丁是より碓氷峠」六軒の宿と八軒の店が掲載さ
れている。碓氷峠には5軒の「御小休所」が載って...
■戸隠善光寺往来 [解説]
『戸隠善光寺往来』の内容
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
江戸から善光寺への道中江戸から追分(軽井沢町)までは中山道、追分から善光寺までは
北国街道です。その間を主に宿場をたどりながら簡潔に述べています...
■浅間山 [解説]
第二編 浅間山
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    4.地域の記録
き「蒸気など漏出す。すさまじき哉。自然の力も又」と書いています。次に、浅間山の裾
に並ぶ「浅間三宿」の軽井沢・沓掛・追分を北国往還の宿として紹介しています。「軽井
は夏季三月(みつき)避暑の客を迎ふるが故に、...
■浅間山噴火の被害記 [解説]
[[解説]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
ておくと、「沓井宿、信州にて木曽街道抔」という記述の「沓井宿」である。信州の木曽
海道(中山道)には、軽井沢宿の隣に「沓掛宿」がある。そして、軽井沢宿は大きな被害
を受けたが、隣の沓掛宿ではそれほど大きな被害は...
■浅間山噴火の被害記 [現代訳]
[[現代訳]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
砂が夥しく降り、松井田で三尺(約九〇センチ)積もった。追分辺りのことは、人の行き
来がなく分からない。軽井沢・沓掛辺りは、二抱えほどの大きな石が降り、家をつぶした
ので、人々は家を捨てて思い思いに、遠くへ逃げた...
■二十四輩順拝図会 巻之五 信濃之部・上野之部 [現代訳]
[[現代訳]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
桔梗が原、塩尻、下諏訪、和田峠を越して、芦田、望月、塩名田、さらにどんどん行って
、浅間山の麓、沓掛、軽井沢、碓氷峠などは信州と上野(こうずけ)の国境である。その
間の名所は別に記す。越後より北陸道を経て関東に...
■二十四輩順拝図会 巻之五 信濃之部・上野之部 [翻刻]
[[翻刻]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
曽路にかゝり、桔梗が原、塩尻、下すハ、和田峠を越て、芦田、望月、塩名田、尚行/\
て浅間岳の麓、沓掛、軽井沢、笛吹峠など、信州上野の国界也。其間の名所ハ別に記す。
〇越後より北陸道を経て関東に至るハ、善光寺より...
■戸隠善光寺往来 [解説]
十返舎一九と信濃
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
十返舎一九が初めて信濃を訪れたのは、文化8年(1811)で、中山道を軽井沢から木曽路
へ抜けています。これをもとに、『木曽街道続膝栗毛』第3編(文化9年)、第4編(文化1
0年)...
■善光寺道名所図会 [現代訳] 善光寺道名所図会 巻之五
○佐久郡小諸
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
あります。関東から来て中山道と北陸道が分れるところの手引石です。また、石像の仏が
多く、小諸あたりから軽井沢宿までは浅間山のふもとを通ります。ここは、日本一高い地
の往還だといいます。駿州の芙蓉峯と追分宿の人家...
■善光寺道名所図会 [翻刻] 善光寺道名所図会 巻之五
○佐久郡小諸
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
の入口に石標有、関東より来りて中山道北陸道へわかるゝ手引石なり、又石像の仏躰を数
々たてり、小諸辺より軽井沢宿迄ハ浅間の麓を行るなり、本朝第一の地高き往還なるよし
、駿州芙蓉峯と追分駅人家の軒と高低なしといへり...
■浅間山 [解説]
第三編 浅間山変異記
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    4.地域の記録
、雷鳴を起こしたる・・・落下したる火は炎々と燃え上がり其状一大山火事を現出したる
が如くなりし、列車の軽井沢驛に着したる頃も・・・」であったといいます。浅間山研究
会も、六月十二日に委員を派遣して実地調査し「火...
「上田郷友会月報」記念号中「既往八十年」  [ルビ・注記]
[[ルビ・注記]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    7.教育、人物・伝記
が、十萬疋(ひき)(注2)であったとのこと、其(そ)の差こそあれ、何(いず)れに
も苦痛はない、二時頃軽井澤についた、宿屋が泊れ/\と、呼び込むのであったが、私は
馬を傭(やと)って、碓氷を越した。碓氷は非常の...
■信州浅間焼之事 [現代訳]
[[現代訳]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
本武尊がこの道を通って以来、このようなことはなかったであろう。ここでさえこのよう
な状態だから、坂本・軽井沢・追分の各宿場は、石の降り方が盆を傾けて移すようで、家
は半ば焼け失せ、残った家も屋根を打ち抜かれ、内...
■信州浅間焼之事 [翻刻]
[[翻刻]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
。往古日本武尊此道をふミ初たまひしより、かゝるためしはあらざるへし。此所さへかう
やうなれバまして坂本軽井沢追分のむまや、いしふること(改頁)17ぼんをかたむけてう
つすがことく、半ばハやけうせ、残る家居も屋根...
■浅間山噴火の被害記 [翻刻]
[[翻刻]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
山近く成り候程石降り、砂之夥敷、松井田にて三尺計り積ル、追分辺之儀ハ(改頁)往来
無之、相知レ不申候、軽井沢・沓掛ケ(ママ)辺ハ、二抱程の大石降り、家を潰し候故、
人家を捨、思い/\遠所江迯ケ候、一同七日昼七ツ...
天明3年7月14日 御役所より被仰渡御書付之写并請印 [現代訳]
[[現代訳]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
申し渡し覚えこのたびの浅間山の大噴火によって、追分・沓掛・軽井沢三宿をはじめ、浅
間山近辺の村々が難儀をしているので、とくに申し渡す。米穀はいうまでもないが、その
ほか...