NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ

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■二十四輩順拝図会 巻之五 信濃之部・上野之部 [現代訳]
[[現代訳]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
二十四拝順拝図会巻之五信濃国越後から信濃へ至る時に、関川と野尻との間に国境の川が
ある。右の方に黒姫・飯綱・戸隠山の山々がそびえている...
■二十四輩順拝図会 巻之五 信濃之部・上野之部 [翻刻]
[[翻刻]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
(翻刻は「信濃之部」のみ)二十四拝順拝図会巻之五3信濃国越後より信濃へ至るに、関
川と野尻との間に国界の川あり。右の方に黒姫飯綱戸隠山の嶺聳へて見ゆ。〇戸隠山ハ越...
■むしくら日記 [現代訳] 1巻 元
[[現代訳]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
なうわさが多く聞かれました。浅間山が噴火したというものもあり、また越中の立山が噴
火したとも、あるいは越後の焼山が噴火したともいい、何れにしても北西から起こった大
地震なので、立山か焼山であろう、出所が分かれ...
■むしくら日記 [翻刻] 1巻 元
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
の発出せるなるへし、○此節の事とて種々の雑説多し、浅間山焼出たると云もあり、又越
中の立山焼とも、或ハ越後のヤケ山焼出せしとも云、何れ戊(ママ)亥より来りたる大震
なれは、立山か又ハヤケ山なるへし、出所しれな...
■善光寺道名所図会 [現代訳] 善光寺道名所図会 巻之三
○水内 善光寺
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
3左○水内善光寺上りは丹波島へ1里である。越後の方へ下るには、善光寺から荒町(新町
)へ1里、牟礼へ2里半、柏原へ1里、野尻へ1里、越後の関川へ1里...
■善光寺道名所図会 [翻刻] 善光寺道名所図会 巻之三
○水内 善光寺
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
3登リ丹波嶌ヘ一里なり、越後の方へ下るにハ、善光寺より荒町ヘ一里、牟礼へ二里半、
柏原ヘ一里、野尻ヘ一里、越後の関川ヘ一里半、是迄...
■むしくら日記 [翻刻] 3巻 利
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
り抜たる如く、合掌したる躰なれと、棺ニ納めて手を合させたる儘にかたまりたるものな
らんと申せし、按ニ、越後の弘智法印の類か、木の伊といふものなるへし、【(朱書)「
是は上氷鉋村にて一向宗唯念寺と云寺なりと云、...
■善光寺道名所図会 [現代訳] 善光寺道名所図会 巻之一
○筑摩 松本
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
いくつかの寄進をうけています。天保12年(1841)に深志神社というようになりました。
28右里老の話越後の大将(上杉謙信)がこれを聞き、甲州と信州に塩がつきてしまい、人
びとが困っているようすをみて、これは...
■むしくら日記 [現代訳] 3巻 利
[[現代訳]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
で、合掌した恰好ですが、棺に納めて手を合わさせたままに固まったものではないかとい
うことです。おそらく越後の弘智法印の類で、木乃伊というものでしょう。(朱書)「こ
れは上氷鉋村で一向宗唯念寺という寺であるとい...
■善光寺道名所図会 [翻刻] 善光寺道名所図会 巻之一
○筑摩 松本
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
遠(改頁)28右近の貴賎美服を粧ひ、袖を連ねて群参するも、実初春の寿喜なるべし、里
老ノ話斯有けれバ、越後の大将是を聞、今甲信に塩竭て、万民疲労の虚を討むこと、駿相
の卑怯仁儀の道に差り、悪むべし/\とて書を...
■信州飯田町家扣 [現代訳]
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    4.地域の記録
ついて北陸迄くだりました。義経は姿を替えて忍んでいました。御供が大勢ついていくわ
けにはいかないので、越後国で暇を賜り信州に入り、当郡の郷士を従えたということです
。一飯田町の初めは、松尾町1丁目に坂西公4代...
■信州飯田町家扣 [翻刻]
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    4.地域の記録
忍んで東国ニ下里給ふ、周家も供奉して北国迄下る、然るニ義経御姿を替て忍び給ふ躰故
、供人大勢ハ叶ハ須、越後国ニて暇を賜り信州ニ入当郡の郷士を従へ押領すと云う一飯田
町の家初ハ松尾町壱丁目ニ坂西公四代目の時兵庫...
上田の早苗 [翻刻]
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    7.教育、人物・伝記
日知盛卿等於美濃国討取源氏相従勇士頸等 (改頁) 今日入洛云々、上田太郎重
康云々越後次郎重家[越後平氏] 同五郎重信[同上]神地六郎康信[上田太郎家子]按此後ニ
越後信濃ノ勇士出陣セシナ...
■松本藩庄内組大庄屋御用留 [現代訳]
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
ならず申し付けるように心得ること、以上のことについて御府内ならびに関八州・(改頁
)陸奥・出羽・信濃・越後国、御料については御代官・そこの奉行、私領は地頭、寺社領
とも洩れの内容に知らせること、書付をもって申...
■松本藩庄内組大庄屋御用留 [翻刻]
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
おゐてハ、吟味之上急度可申付条、其旨可相心得候、右之趣御府内并関八州・(改頁)17
陸奥・出羽・信濃・越後国、御料者御代官・其所之奉行、私領者地頭、寺社領共不洩様、
可被相触候、以書付申遣候一別紙之通、従公儀...
弘化丁未夏四月十三日信州犀川崩激六郡漂蕩之図 [現代訳]
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
になったということです]同29日昼12時ころ、また大きな余震があって、あちこちで被害
がありました。[越後の高田(上越市高田)と今町(上越市直江津)が特に揺れました。2
4日の地震以上だったということです。4...
■むしくら日記 [現代訳] 2巻 亨
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
くので、うるさくて眠れなかったと語りました。翌28日には犀口に出たとのことです。◯
幕府の方から信濃・越後の被災地調査として、御普請役佐藤睦三郎という者が来て、4月1
1日に坂本宿に到着、12日田の口へ出向き...
■むしくら日記 [翻刻] 2巻 亨
[[翻刻]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
たくるまて鉦打たゝきけるハ、騒々しくて眠られざりしと語れり、翌廿八日犀口に出しと
云、○公辺より信濃・越後荒所見分として、御普請役佐藤睦三郎と云者来り、四月十一日
ニ坂本宿へ着、十二日田の口へ出張、十三日に岩...
■善光寺独案内 [現代訳]
[[現代訳]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
鐘楼堂北山老聞書集に次のように書いてある。出羽の国秋田の人で金井東人という人が、
善光寺へ参詣しようと越後の国米山のふもとを通ったとき、空が俄かにかき曇り大風が吹
き、海面は盛り上がり、恐ろしい有様となった。...
■善光寺道名所図会 [現代訳] 善光寺道名所図会 巻之二
○安曇 大町
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
れより借馬・木崎・森・海の口・中綱・青木・佐野・沢渡・飯田・飯堀・塩島新田・千国
・大網・横川・白池(越後界)までおよそ17里、東西幅5里ほどといいます。仁科古城は
、森村海の口という湖水の際にあって、森の古...