NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ

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■龍駕の跡 (明治11年の天皇北陸・東海道巡行) [ルビ・注記]
龍駕(りょうが 天子の車)の跡(注一)
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
十七八町にして、千曲川に架せる船橋有り。御板輿(いたこし)に召し替へて渡らせ給ひ
」とあり、この時既に舟橋があったものと思われる。(『更埴市誌』他より)丹波島橋は
、明治六年、丹波島船橋会社ができ、四つの瀬に...
「上田郷友会月報」記念号中「既往八十年」  [ルビ・注記]
[[ルビ・注記]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    7.教育、人物・伝記
しとなる。急流であったため両岸から渡された綱に沿って舟を漕いでいたという。明治六
年(1873)丹波島舟橋会社により、46艘の舟を並べた有料舟橋が架けられる。有料の木橋
が架けられる。後無料化される。昭和七年...
■犀川を下る記 [ルビ・注記]
犀川を下る記[全文]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
りあうこと難からざりき、とかつてある老人に聞きたりしが、今は広き所は、半道もあり
ぬべし。押野にはもと舟橋ありしを、近き頃板橋わたしゝに、そは流れうせて、渡りの舟
だになくなりぬ。潮の木戸といふ地は、篠井より...
■長野県師範学校生徒修学旅行概況 [ルビ・注記]
長野県師範学校生徒修学旅行概況[全文]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
3りて、我か一行を待つ。即ち同行せんか為なり。聞く一昨日の強雨にて、筑摩川(ママ
)出水せし故、大屋の舟橋徹去して、路通せすと、因て道を転し、上田橋を渡り、城下よ
り東塩田に迂回して、九子村に出んとす。朝来の...