NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ

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弘化丁未春三月二十四日信州大地震山頽川塞堪水之図 [解説]
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
さまざまでした。その全貌を伝えるため、被災状況を地図上に示した刷り物が流布しまし
た。その最も早い例は稲荷山(千曲市稲荷山)の小林五藤の手によるもので、6月下旬に
出版されました。以後何種類も同様の図が出版され...
■松本藩庄内組大庄屋御用留 [現代訳]
[[現代訳]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
市郎兵衛借屋常右衛門・同人妻セ起、あわせて十人宮淵村組頭藤三郎娘右の者たちは、二
十四日に上田御領分の稲荷山宿丸屋八左衛門方で家が潰れ、焼死した、宮淵村茂助は、善
光寺大門丁の池田屋で潰死、ほかに、庄内村の長七...
■松本藩庄内組大庄屋御用留 [翻刻]
[[翻刻]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
頁)49同人忰祐次郎市郎兵衛借屋常右衛門同人妻セ起〆拾人宮淵村与頭藤三郎娘〆右之者
、廿四日上田御領分稲荷山宿丸屋八左衛門方ニ家潰焼死申候、宮淵村茂助右之者、善光寺
大門丁池田屋方ニて潰死申候、外ニ庄内村長七娘...
■むしくら日記 [現代訳] 1巻 元
[[現代訳]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
で七カ所ほど猛火が盛んに上がるのが見えました。このうち北の方の善光寺と思われる辺
りと、清野山を越えて稲荷山の辺りと思われる火は、とりわけ範囲も広く激しいものでし
た。その外は明け方までにはだんだんと消失しまし...
■むしくら日記 [翻刻] 1巻 元
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
手より北山手迄七ヶ所程猛火盛んニみえたり、此内北の方善光寺なるべしと覚しき辺と、
清野山を(改頁)越て稲荷山の辺なるべしとみゆる火ハ取分て場広く猛かりし、其他ハ暁
方迄にハ追々に消失し、[後に皆神山和合院が物語...
■むしくら日記 [翻刻] 4巻 貞
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
銘々証文を差出、役人共受判致し差出候上、金子村役人へ御渡(改頁)14相成候よし、委
細之儀ハ云々六月○稲荷山米や[田中友之丞、]囲穀を焼失せし米俵紫色に焼て、至て見事
の物也、籾ハ真白ニやけて、角ト石抔を打砕キ...
寛保2年 戌の満水 原町問屋日記より [解説]
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
は千曲川下流坂城町との境、大日向以下は真田地域です。この両地区での被害も甚大なも
のでした。・川中島、稲荷山、塩崎地域は上田藩松平氏の近親者が納めている領地ですか
ら情報が入り『問屋日記』に記されているのです。...
■二十四輩順拝図会 巻之五 信濃之部・上野之部 [現代訳]
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
ない。一つは善光寺より犀川を渡り、芝村の阿弥陀堂を拝し、千曲川を越えて松代の城下
に出、ここから塩崎、稲荷山、麻績、青柳、会田、刈谷原、岡田を経て松本の城下に至り
、再び越後の高田へ戻る方法がある。続いて関東を...
■二十四輩順拝図会 巻之五 信濃之部・上野之部 [翻刻]
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
路一ならず。或ハ善光寺より犀川を渡り、芝村の阿弥陀堂を拝し、千隈川を越へ松代の城
下に出、是より塩崎、稲荷山、をみ、青柳、会田、かいやハら、岡田を経て松本の城下に
至り、再び越後の高田へもとるもあり。直に関東を...
■善光寺道名所図会 [解説]
『善光寺道名所図会』の構成
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
を岡田・苅谷原・会田、立峠を越えて乱橋・法橋を過ぎ、青柳宿・麻績宿から猿が馬場峠
を下って更級郡に入り稲荷山宿に至ります。さらに、稲荷山宿から八幡宮・銕捨山を探訪
し、篠ノ井から分かれて、久米路橋・牧之島城跡を...
地震後世俗語之種 第2冊 [現代訳]
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
いてどうしても邪魔になってしまい、やるかたない思いに心を痛めます。南西の方角には
、3里も離れていない稲荷山一帯の大火が目の前に見え、大地は幾度となく震動し、また
鳴動して、足元から煙が立つかのようです。流水の...
地震後世俗語之種 第2冊 [翻刻]
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
今にも水の押来りなん事を思ふ時は狼狽て必害あり。やるかたなく心を痛め、未申にあた
りてハ三里を離れす、稲荷山の一円の大火眼前に見え、 (改頁)21 地は幾度
となく震ひまた鳴動し、足の元より...
弘化丁未夏四月十三日信州犀川崩激六郡漂蕩之図 [現代訳]
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
燃えていました。その時犀川の洪水が逆流してあふれ、水も火も激しいまま市中を水没さ
せました]、また上は稲荷山から下は飯山までが、連日延焼してようやく鎮火しました。
○[この時ちょうど善光寺は御開帳の最中で、諸国...
寛保2年 戌の満水 原町問屋日記より [現代訳]
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
深井村も同じでした。下塩尻下村、中島、新屋、大日向、横沢久保、軽井沢、大庭も流失
しました。一川中島、稲荷山、塩崎が流失、岡田には土砂が流入しましたがそのほかの一
万石の領地は無事でした。一千曲川東の松代も被害...
寛保2年 戌の満水 原町問屋日記より [翻刻]
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
、深井村、右同断、下塩尻下村亡所、中島、新屋亡所、大日向、横沢久保、軽井沢、大庭
亡所同前。一川中島、稲荷山、塩崎亡所同前、岡田砂入其外壱万石之内無難。一川東通松
代大変、下越後大水。一江戸大水、五百羅かんはふ...
■龍駕の跡 (明治11年の天皇北陸・東海道巡行) [ルビ・注記]
龍駕(りょうが 天子の車)の跡(注一)
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
出でたればさる設有る所は侍らざるべしと云ふ。此国の一ノ宮八幡大神の鎭まりませる里
なれば、御社を拝みて稲荷山に出でたるに此駅は西の国人等の善光寺に詣づる道にて、人
の行きかひも繁くなれゝば、さすがに門開きたる店...
■犀川を下る記 [解説] ~犀川通船・天竜川通船・千曲川通船の盛衰~
1.犀川通船の盛衰
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
脇往還(善光寺街道)を経由して善光寺まで荷物を運ぶには、「岡田村・刈谷原村・会田
村・青柳村・麻績村・稲荷山村・丹波島村の七か村が中馬稼ぎの村であった。…そうした
なかで、犀川を利用しての通船計画は、それまでの...
■戸隠善光寺往来 [解説]
十返舎一九と信濃
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
編(文化11年)が書かれています。文化11年(1814)には、木曽から松本に入り、穂高、
大町、新町、稲荷山を通って善光寺に参詣し、越後へ抜けました。これが、『木曽街道続
膝栗毛』第6編(文化12年)、第7編(...
■善光寺道名所図会 [解説]
善光寺道(北国脇往還)
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
だ)・青柳(おおやぎ)・麻績(おみ)宿を経て、猿ケ馬場(さるがばんば)峠を越えて
更級(さらしな)郡の稲荷山(いなりやま)宿に出、篠ノ井追分(しののいおいわけ)で
北国街道に合流し、丹波島(たんばじま)で犀川を...
■善光寺道名所図会 [現代訳] 善光寺道名所図会 巻之二
○筑摩 麻績
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
336町ほど相対して宿場をなしています。そのほか何軒かが町裏に散在しています。稲荷
宿へ3里、その間に猿ケ馬場という峠があります。宿の入口の左側に仏眼山法善寺(曹
洞派、寺領8石)の黒門...