NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ

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寛保二年十月上畑村総百姓往還道・屋敷移転取極証文 [解説]
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
貢などとても納められる状態ではなかったことがうかがわれる。寛保二年一〇月の「上畑
村総百姓往還道・屋敷移転取極証文」は、右のような大被害を受けた上、今後も同様の被
害を受けかねないと考えた村民が、村の移転を決...
寛保二年八月 上畑村水災救恤願 [解説]
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
貢などとても納められる状態ではなかったことがうかがわれる。寛保二年一〇月の「上畑
村総百姓往還道・屋敷移転取極証文」は、右のような大被害を受けた上、今後も同様の被
害を受けかねないと考えた村民が、村の移転を決...
寛保二年九月上畑村水災につき当立毛御見捨願 [解説]
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
貢などとても納められる状態ではなかったことがうかがわれる。寛保二年一〇月の「上畑
村総百姓往還道・屋敷移転取極証文」は、右のような大被害を受けた上、今後も同様の被
害を受けかねないと考えた村民が、村の移転を決...
寛保二年十一月堤防工事嘆願口上書 [解説]
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
事をお願いしたが、今後も水難を受ける恐れがあるので、現在地から「上の段」という鹿
曲川から離れた場所へ移転したい、そうすれば今後水害を受ける恐れはないと思われる、
ついてはその費用を拝借したいと願ったものであ...
寛保三年二月宿の堤防工事嘆願書 [解説]
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
事をお願いしたが、今後も水難を受ける恐れがあるので、現在地から「上の段」という鹿
曲川から離れた場所へ移転したい、そうすれば今後水害を受ける恐れはないと思われる、
ついてはその費用を拝借したいと願ったものであ...
寛保三年二月宿場引き移し嘆願書 [解説]
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
事をお願いしたが、今後も水難を受ける恐れがあるので、現在地から「上の段」という鹿
曲川から離れた場所へ移転したい、そうすれば今後水害を受ける恐れはないと思われる、
ついてはその費用を拝借したいと願ったものであ...
寛保三年三月復旧方懇願書 [解説]
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
事をお願いしたが、今後も水難を受ける恐れがあるので、現在地から「上の段」という鹿
曲川から離れた場所へ移転したい、そうすれば今後水害を受ける恐れはないと思われる、
ついてはその費用を拝借したいと願ったものであ...
■木曾山林学校要覧 [ルビ・注記]
11.実習
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    7.教育、人物・伝記
に設置すること能はざるものありと雖も、42年度来着手中の新校舎は既に一部の落成を告
げ、明年度中に於て移転し得べき見込みなるを以て、苗圃・林産物製造場・農業実習地・
其他の固定設備は校舎の移転と共に改設すべき...
■龍駕の跡 (明治11年の天皇北陸・東海道巡行) [ルビ・注記]
龍駕(りょうが 天子の車)の跡(注一)
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
の基礎を作った。明治十六年、松本支校を廃して本校を松本に置く。明治十九年(1886)
師範学校を長野に移転し新校舎起工。同年浅岡一が校長に就任。明治二十年付属小学校開
校、翌二十一年女子部を設置。同三十八年(...
■分県之建白 [解説]
ひとつの長野県に
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    6.行政、政治等の記録
3か月後の10年11月に、長野県は、早くも「本国全地ノ中央」にちかい上田町に県庁を移
したいという県庁移転の伺いを出します。これに対し内務卿大久保利通は、翌11年3月4日
付で理由もつけずに却下しています。大...
■岐蘇林友 廿周年記念號(第百四十四號) [ルビ・注記]
学校要覧
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    7.教育、人物・伝記
大正元年8月7日安藤時雄校長に任ぜらる〇同年10月1日西筑摩郡新開村新築校舎略竣工し
たるを以て、本日移転をなし移転式を挙行す〇大正2年4月1日県令第18号を以て学則を改
正す。現行の学則これなり○同年4月中...
「月桂新誌」(7冊) [解説]
[[解説]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    7.教育、人物・伝記
れた印刷所で、筑摩郡和田村(現松本市和田)出身の窪田畔夫が社主だった。本局がこの
知新堂から北深志町に移転した先には、月桂社が併置された。移転後は、もとの本局があ
った知新堂に支局を置くと同時に、保高町(現、...
「上田郷友会月報」記念号中「既往八十年」  [ルビ・注記]
[[ルビ・注記]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    7.教育、人物・伝記
、泣きだされるには、閉口したこともあった。石堂は仮校で、後町裏の田圃の中に、新築
の校舎が落成たので、移転はしたが、造作不充分のあばらやであった。私は其(そ)の事
務所の、二階に独りで居(い)たが、夜の寂ひさ...
寛保二年十月上畑村総百姓往還道・屋敷移転取極証文 [現代訳]
[[現代訳]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
屋敷と往還道についての定め一、今度の満水による大災害のため、往還道と屋敷を移転
たく、幕府へお願いした。中畑村境北口より栗木下までの畑地の真ん中を三間幅の往還道
にするということで...
■諸国道中商人鑑 [解説]
4 小田井から本山まで
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
駒嶽山講中」の定休所が峠に集中している。御嶽遥拝所が和田峠嶺の東側にあったが、明
治期の新道開鑿の折に移転した。・「志中山道下諏訪塩尻え三里八丁当所宿中に温泉有之
候」旅籠屋五軒、店一軒見開き2ページにわたる...
■長野県師範学校生徒修学旅行概況 [解説]
4.数千の教師を育てた浅井洌先生
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
に自由教育を主張し、教育施策を提言する」(前掲書)明治19年38歳の時、師範学校が松
本町から長野町に移転すると、長野県尋常師範学校出仕を命じられ、一家をあげて長野へ
移住しました。師範学校では国語・漢文・歴...
■秀吉と真田 関ヶ原の役と第二次上田合戦
真田氏の動静
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    4.地域の記録
に宛てた書状。煩っていた信幸の様子を尋ねるとともに、伏見の情況を知らせている。家
康の移った大坂城下へ移転しようとしていた様子など、関ケ原合戦につながる上杉氏征討
の軍が起こされる直前の、真田昌幸・信幸・幸村...
■松代イラストマップ
20平林山本誓寺
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    4.地域の記録
親鸞作の秘仏、正月三ケ日のみ開帳)」と祖師御真影の裏書を与えられた。慶長十四年(
一六〇九)、現在地に移転。真蹟名号、石摺り名号(石に彫った名号、印刷し信徒に配っ
た)をいまに伝える。初代藩主真田信之の制札(...
■松代イラストマップ
33尼巌山浄福寺
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    4.地域の記録
される海津城は、満親が城代をつとめていた。豊臣秀吉にも重用され、朝鮮の役にも活躍
したが、上杉氏の会津移転の際、急死した。本堂は安政年間(一八五四~一八六〇)に再
建、その後焼失したが、明治期に入り本堂と庫裡...
[解説]
諏訪地域への進出
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    5.繁盛記、社史、産業の記録
訪製糸家に最も多くの資金を供給した第十九銀行が、下諏訪村の季節諏訪出張所を製糸業
の中心地平野村岡谷に移転したのは1891年5月1日のことである。諏訪・飯田地方の製糸金
融拡大を積極的に推進した黒沢鷹次郎頭取...