NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ

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■御城下古法并市場古法書抜書集 [現代訳]
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    3.一揆・騒動、藩史、民権運動の記録
いて安堵したと言っていた。その後新六が答えたことは、私たち一人で返事をすることは
むずかしいので、十三町役人仲間へ話し、一両日の内に返答をしますと言ったら、三太夫
は帰った。一翌16日三太夫が来た。13町役人で...
■御城下古法并市場古法書抜書集 [翻刻]
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    3.一揆・騒動、藩史、民権運動の記録
候処ニ、貴殿之御挨拶承候而被安堵候段申候、其後新六答申候者、我等壱人ニ而治定之御
返答申難候へ者、十三町役人仲間江も為聞、一両日之内決談之返答可申由致挨拶候へば、
三太夫退出ニおよひ候一翌十六日三太夫被参、口上...
■宿継要書留 [現代訳]
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
京亮堀左京同三宅備前守三備前同鳥井播磨守鳥播磨享保20(1735)年卯11月仰せ出される
問屋原久内代町役人たちへ申し渡す覚一公事・訴訟そのほか願い等のことは、その町支配
の問屋・庄屋が相談し、年寄たちへも相談...
■宿継要書留 [翻刻]
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
堀左京亮堀左京同三宅備前守三備前同鳥井播磨守鳥播磨(改頁)11享保廿年卯十一月被仰
出候問屋原久内代御町役人共江申渡覚一公事訴訟其外願等之儀、其町支配問屋・庄屋申談
年寄共江茂遂相談、内証ニ而相済候様取斗可申候...
■拾八町家並帳 [解説]
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
ます。さらに伝馬町では寺への通路も描かれています。一軒一軒の区画の中に書かれてい
るのは、(1)屋号や町役人の格(2)名前(3)間口の長さ(4)五人組などです。屋号を
みると国名や地名をつけた家が多くみられます...
寛保二年 小諸大洪水変地絵図(2)の裏書 [現代訳]
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
食べられました。小人目付・手代衆、そのほか侍分、中間・小者衆は川原で弁当を食べら
れました。その節、三町役人は残らず出頭しました。城の内へは三町役人は一人も入りま
せんでした。昼休みが済んだ後、清水町橋をご覧に...
寛保二年 小諸大洪水変地絵図(2)の裏書 [翻刻]
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
本堂之内にて御弁当被成、御小人御目付・御手代衆、其外侍分、中間小者衆ハ川原にて弁
当御遣被成候、其節三町役人不残罷出候、御城之内江ハ三町役人壱人も入不申候、御休相
済候而清水町橋場御覧被成、夫レより岩村田江御帰...
■宿継要書留 [解説]
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
と、「飯田問屋大原安正」と書かれています。飯田町の内5町(伝馬町1~2丁目・桜町1~
3丁目)の問屋(町役人の職)を勤めた大原氏の記録帳であることがわかります。この記録
の中では「大原伊右衛門」という名前で登場...
■信州飯田町家扣 [現代訳]
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    4.地域の記録
し、家持も所々へ稼ぎに出ていて、女童ばかり留守居をしているようになりました。1年
中家主が留守がちで、町役人足勤めるものがなく、問屋も潰れ、本町2丁目南側下横町の
角より2軒目の与惣兵衛1人で、惣町の問屋を勤め...
■信州飯田町家扣 [翻刻]
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    4.地域の記録
越ニ相成、御知行も五万石に成、御城下町衰微致し家持茂所々へ稼ぎに出女童斗り留守居
、年中も家主留守多、町役人足御勤め難く問屋も潰連、本町二丁目南側下横町の角より二
軒目与惣兵衛壱人ニ而惣町之問屋相勤候躰ニ成行候...
浅間焼覚帳 [現代訳]
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
た。本庄宿に泊まり、安中宿に逗留し、ようやく七月一六日の夜一〇時過ぎに小諸城へた
どり着いた。そのため町役人は、夜に入って、御家中御役人様方が無事帰国されたことの
お祝いを申し上げた。現在の小諸藩主である牧野氏...
■原町問屋日記(嘉永六年) [現代訳]
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    4.地域の記録
(2)嘉永六年六月十三日のみ関東筋ではペリー艦隊来航の騒動による穀物価格の値上が
りが予想される。町役人として、他の地へ多量の米を売らぬよう心得ておくこと。その心
得を穀屋やそのほかの店へ伝えておくこと。も...
■原町問屋日記(嘉永六年) [翻刻]
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    4.地域の記録
候様ニと被仰聞候。9(2)嘉永六年六月十三日12一関東筋異国船騒動ニ而者追々穀物高直
ニ可相成も難計、町役人心得として他所江多分之米売不申様穀屋其外心付、万一多分之米
売候ハゞ其節申出、差図次第可致心得として取...
■信州飯田町家扣 [解説]
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    4.地域の記録
綿屋半三郎家」「綿屋小三郎家」で、特に「綿屋半三郎家」(現在の綿半ホールディング
ス株式会社の前身)は町役人を勤める有力な家でした。「綿屋庄助」がどの家なのかは、
はっきりとはしません。さらに裏表紙を見ると、「...