NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ

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寺子屋入門記録「壱番入門記録」 [翻刻・注記]
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    7.教育、人物・伝記
「現住戸主吉右衛門松尾村字名小林亀次郎三十五年調」】(改頁)8同断同断蔦屋由兵衛息
子一当酉拾四歳素読田中亀弥爪印島田村城十月ヨリ富岡弥五郎殿息子一当戌拾三歳酒井金
作爪印【(付箋)「現戸主酒井愛雄三十五年調...
■龍駕の跡 (明治11年の天皇北陸・東海道巡行) [ルビ・注記]
龍駕(りょうが 天子の車)の跡(注一)
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
後宮内の掛官は其中の物を収めて、村社童女神社内に埋めたりと云ふ。午後一時二十五分
牧家御発輦、同四十分田中駅に著御在らせらる。中央を流るゝ用水には、行在所の上下一
町許りに之が覆ひをなし樹木を植え、戸々簾(す...
寺子屋師匠の日記 [翻刻・注記]
寺子屋師匠の日記「年内諸事控日記 小沢和徳(注1) 慶応四戊辰年正月吉日」
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    7.教育、人物・伝記
弥一拾疋倉沢九助一拾疋宇治鍛之助一拾疋宇治儀重一拾疋宇治常太郎一拾疋今井縫之助一
拾疋富田忠太郎一拾疋田中千代松一拾疋萩原佐市一三拾疋赤羽文十郎一三拾疋赤羽寿十郎
一糀壱枚赤羽喜代太郎一白米壱升白鳥寿之助一同...
■むしくら日記 [現代訳] 1巻 元
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
。それではあの大河が一時にせき止められたのか、ならば中野を通って戻っては水が溢れ
たら危ないだろう、湯田中へ山越えして須坂へ出て戻れなど、言う言葉を教えて、巳の刻
(午前10時)頃出発させ、またすぐ登城しまし...
■むしくら日記 [翻刻] 1巻 元
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
渡りせる也と、斯てハかの大河一時に堰留たりしか、左にてハ中野通りし戻らんも、水押
出なば危うからん、湯田中へ山越して須坂へ出て戻れよ抔口上言含めて、巳の比うちたゝ
せ、又直ニ登城しぬ、御土堤に出見しに、善光寺...
■むしくら日記 [翻刻] 4巻 貞
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
ひ候由、死失人も町家村方ニ而千三百三十三人有之由、御家中男女死五十三人有之由、右
之内焼失夲多助之進・田中源左衛門両家を初性(ママ)名不知候者も有之、一統御手充ハ
夲潰へ金壱分ツヽ、半潰ヘ一朱之割ニて被下候由...
寺子屋師匠の日記 [翻刻・注記]
寺子屋師匠の日記「諸事日新録 沢和徳扣(ひかえ) 慶応四戊辰年六月朔日ヨリ」
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    7.教育、人物・伝記
え宇治秀之助宇治竹二郎宇治五作宇治弁弥遠藤寿市飯沢沖二郎墨クレ小沢次郎吉小沢彦太
郎野竹多市野竹兼十郎田中永弥田中久吉遠藤又三郎先ニ墨筆くれ申候後ニ又上田流卸し掛
壱本呉申候(改頁)3(○中略)六月二日天キ大...
■むしくら日記 [翻刻] 3巻 利
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
長屋一棟大破関山治兵衛居宅一棟大損新馬喰町永野長十郎居宅斜大破裏町長谷川藤五郎土
蔵一棟大損(改頁)9田中九左衛門居宅倒懸り竹山丁鈴木内蔵允玄関大損代官丁青木権左
衛門長屋西之方半分潰大日方兵衛玄関前下屋潰児...
寛保2年 戌の満水 原町問屋日記より [解説]
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
助右衛門(問屋日記を書いた人)の田畑は冠水し土砂も多少流れ込んだのでしょう「永荒
」と記しています。・田中宿は所沢川で発生した土石流が直撃しそのほとんどが流失しま
した。問屋と本陣を兼ねていた小田中家の当主と...
■善光寺道名所図会 [現代訳] 善光寺道名所図会 巻之五
○小県郡田中
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
小諸へ2里半、8丁ほどがにぎやかな町通りで、民家が多くあります。間(あい)の宿とな
っています。海野と田中は半月ごとに宿役を交替して務めています。田中を出て左に摺臼
宮というところがあり、木立が茂っています。...
■善光寺道名所図会 [翻刻] 善光寺道名所図会 巻之五
○小県郡田中
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
28中央小諸へ弐里半、此町八丁程相対して巷をなし、民家多し、間の宿とす、因茲海野と
田中ハ半月代りに宿役を務るなり、田中を出放れて、左に摺(改頁)臼宮とて一村の木立
茂りてあり、往昔洪水にて...
上田の早苗 [翻刻]
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    7.教育、人物・伝記
セシモノ也]当今ニ至迄海野新田ヨリ旧寺ノ地子ヲ収ムト云フ、〇月窓寺ハ常田[コノ常田
ハ上田ノ常田ナラデ田中駅ノ常田ナリ]ニ在リシニ八軒町ノ辺ヨリ鷹匠町 (改頁)7&n
bsp;へ移シ来リ後築城ノ時今...
寛保2年 戌の満水 原町問屋日記より [現代訳]
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
未聞の洪水になりました。助右衛門が所持していた小牧村下川原と常田村の田畑が荒れ果
ててしまいました。一田中宿は流失し問屋の当主(小田中)長之助が流死、当家では左太
夫を除いて残らず流死しました。一海野宿は半分...
寛保二壬戌歳満水記 [現代訳]
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
抜押払い、田畑砂入、堰押し埋り、網懸(掛)村一大口六ケ村用水堰口破脚却、本田新田
ともに砂入、泥入、湯田中村一家3軒流、道1100軒程損、田畑共に山抜諸所多、佐野村一
家31軒流、道500間損、田畑砂入、沓野...
寛保二壬戌歳満水記 [翻刻]
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
一用水堰山抜押拂、田畑砂入、堰押埋、網懸(掛)村一大口六ケ村用水堰口破脚却、本田
新田共ニ砂入泥入、湯田中村一家三軒流、道千百軒程損、田畑共に山抜諸所多、佐野村一
家三拾壱軒流、道五百間損、田畑砂入、沓野村一...
■二十四輩順拝図会 巻之五 信濃之部・上野之部 [現代訳]
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
経て関東に出るには、善光寺より犀川を渡り、丹波島、さらに千曲川を越え、屋代、戸倉
、榊(坂木)、上田、田中と行く。その間に園原山という名所がある。そこは小県郡で、
この原に帚木(ははきぎ)という名木がある。遠...
■二十四輩順拝図会 巻之五 信濃之部・上野之部 [翻刻]
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
後より北陸道を経て関東に至るハ、善光寺より犀川を渡り、丹波嶋、又千隈川を越へ、屋
代、戸倉、榊、上田、田中と行く。此間にそのはら山の名所あり。即小県郡にして、此原
にはゝきゞといへる名木あり。遠きより望みみれ...
■岐蘇林友 廿周年記念號(第百四十四號) [ルビ・注記]
[注記]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    7.教育、人物・伝記
たことはない意。ここは自分を卑下して言っている。(注53)甲氏:「甲」は「田」と「中
」を合せた字で「田中」と読める。これと併せて内容から判断すると、この跋文は国語・
漢文担当の田中隆寿教諭の執筆。
「上田郷友会月報」記念号中「既往八十年」  [ルビ・注記]
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    7.教育、人物・伝記
ってくれと言い遺して馬に乗た。碓氷を越へて、軽井沢より馬車に乗り替へ、沓掛追分小
諸を過ぎ、追々近つく田中、海野、大屋を過ぐれば、即ち我が郷里上田である。夕刻海野
町の馬車屋に安着。荷物は届けて貰ふことにして...
「信濃博物学雑誌」(第3号雷鳥特集) [解説]
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    7.教育、人物・伝記
初の学術的登山であった。明治三十五年五月、皇太子(後の大正天皇)が長野県師範学校へ
行啓した際、生徒の田中貢一らが戸隠山の大洞沢からトガクシショウマを採集してきて、
博物室で栽培した花を献上している(トガクシ...