NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ

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■龍駕の跡 (明治11年の天皇北陸・東海道巡行) [ルビ・注記]
龍駕(りょうが 天子の車)の跡(注一)
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
て、敷砂等例の如く用意し、当日人民の通行を禁じたり。12行在所は旧本陣小田中重右衛
門方なり、昔時は本海野にも旧本陣有りて、上半月を田中にて勤め、下半月を海野にて勤
めたり、当時海野の方は学校となり居たりしが...
■善光寺道名所図会 [現代訳] 善光寺道名所図会 巻之五
○別所温泉
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
八角四重の塔を経営し千貫文の地を寄付し、万の料に加増しました。清和天皇の皇孫であ
る滋野親王が信濃国の海野にいてこの温泉に浴し、和歌を詠みました。むかしより下にあ
る火の尽されば信濃のみゆのさむる世はなし男神...
■善光寺道名所図会 [翻刻] 善光寺道名所図会 巻之五
○別所温泉
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
、九重・五重・八角四重の塔を経営し、壱千貫文の地を寄附し、万の料に増加し給ふ、同
帝の皇孫滋野親王当国海野に坐しけれバ、此地温泉に浴したまひ、和歌を詠じ給ふ、(改
頁)むかしより下にある火の尽されバ信濃のみゆ...
■二十四輩順拝図会 巻之五 信濃之部・上野之部 [現代訳]
[[現代訳]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
より親鸞聖人へ付けられたお弟子である。)西仏法師の俗姓は、清和天皇第4の皇子滋野
親王から9代の子孫、海野小太郎源幸親(信濃守と称する。)の子である。始めは朝廷に
仕えて、勧学院の文章博士進士蔵人通広と言った...
■善光寺道名所図会 [現代訳] 善光寺道名所図会 巻之五
○小県郡上田
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
17右海野へ2里、長瀬へも2里です。松平伊賀守(注1)の居城で、5万8千石を領有してい
ます。城下の町は長く、1...
■善光寺道名所図会 [現代訳] 善光寺道名所図会 巻之五
○小県郡田中
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
8中央小諸へ2里半、8丁ほどがにぎやかな町通りで、民家が多くあります。間(あい)の
宿となっています。海野と田中は半月ごとに宿役を交替して務めています。田中を出て左
に摺臼宮というところがあり、木立が茂ってい...
■二十四輩順拝図会 巻之五 信濃之部・上野之部 [翻刻]
[[翻刻]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
、帰依により親鸞聖人へ附属の御弟子なり。]西仏法師の俗姓は清和天皇第四の皇子滋野
親王より九代の後胤、海野小太郎源幸親[信濃守と号す。]の子なり。始めは禁廷に仕へし
て、勧学院の文章博士進士蔵人通広と号せしが...
■善光寺道名所図会 [現代訳] 善光寺道名所図会 巻之二
○筑摩 会田
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
は、登り30町、下り18町の険路です。北東に虚空蔵山が見えますが、会田小次郎広政の古
城地です。広政は海野幸継の2男で、はじめは当国衆の一味でした。小笠原の籏下でした
が、武田家の鋒先が強勢だったので、甲州へ...
■善光寺道名所図会 [翻刻] 善光寺道名所図会 巻之五
○小県郡上田
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
17右海野へ弐里、長瀬へも二里、松平伊賀守居城にて、五万八千石を領せらる、城下の町
長く一里八丁相対して巷を成し...
■善光寺道名所図会 [解説]
『善光寺道名所図会』の構成
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
温泉に行き、男神岳・女神岳をはじめ、安楽寺・常楽寺の寺塔等を請録し、上田から科野
大宮・国分寺を拝し、海野宿で白鳥神社・海野平の故事をさぐり、田中から小諸に至りま
す。ここから分かれて布引山釈尊寺をたずね、浅...
■善光寺道名所図会 [現代訳] 善光寺道名所図会 巻之二
○筑摩 苅屋原
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
往来しています。栗の強飯が苅谷原の名物です。鷹巣根の古城は、苅谷原から5、6町西の
方にあり、むかしは海野小太郎幸継の5男、苅谷原五郎が城主でした。その後太田弥助と
いう人物が居住しましたが、太田道灌の一族で...
■善光寺道名所図会 [現代訳] 善光寺道名所図会 巻之五
○小県郡海野
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
が住んでいた地です。田中へ18丁、小さい坂が多い所です。白鳥大明神大明神がまつられ
ている白鳥神社は、海野宿町中の左側にあり(注1)、例祭は8月12日です。相撲があり方
々から相撲とりが集まり、見物人が群れを...
■善光寺道名所図会 [翻刻] 善光寺道名所図会 巻之五
○小県郡海野
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
し木曽殿の侍宇野平四郎幸氏といふ者住居の地也、田中へ十八丁なり、小坂多し、(改頁
)20右白鳥大明神[海野宿町中左側にあり]例祭八月十二日、相撲ありて近里遠境の角力取
共寄集り、見物の貴賤群集をなす、上田の士...
■戸隠善光寺往来 [現代訳]
[[現代訳]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
行けば京街道・木曽街道で、右の方を小諸宿に出れば、善光寺そのほか北国に向かう北国
往還である。田中宿、海野宿を過ぎ、上田の町から坂木宿、戸倉宿、屋代の渡し場からは
、姨捨山の長楽寺、冠着山などが見渡されて、絶...
■戸隠善光寺往来 [翻刻]
[[翻刻]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
詠し裾野之駅ニ而、(改頁)8直に行は京街道木曽道、左之方小諸江出候得は、善光寺其
外北国往還也。田中、海野を打過、上田の町、(改頁)夫より坂木、戸倉、屋代之渉より
姨捨山長楽寺、冠山抔被見渡、絶景難述言語。丹...
■善光寺道名所図会 [翻刻] 善光寺道名所図会 巻之二
○筑摩 苅屋原
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
旅人引もきらず、栗の強飯を以て苅谷原の名物とす、○鷹巣根の古城苅谷原より五、六町
西の方にあり、むかし海野小太郎幸継の五男、苅谷原五郎城主たり、其後太田弥助といふ
者居住せり、太田道灌の一族なり、[弟共三男と...
■善光寺道名所図会 [翻刻] 善光寺道名所図会 巻之二
○筑摩 会田
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
立峠也、登り三十丁、下り十八丁の〓路なり、北東に虚空蔵山見ゆる、則会田小次郎広政
の古城地なり、広政は海野幸継の二男にて、始は当国衆一味たり、小笠原の籏下なりしが
、武田家の鋒先強勢なるに依て、甲州へ降て十騎...
■善光寺道名所図会 [翻刻] 善光寺道名所図会 巻之五
○小県郡田中
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
28中央小諸へ弐里半、此町八丁程相対して巷をなし、民家多し、間の宿とす、因茲海野
田中ハ半月代りに宿役を務るなり、田中を出放れて、左に摺(改頁)臼宮とて一村の木立
茂りてあり、往昔洪...