NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ

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■善光寺道名所図会 [現代訳] 善光寺道名所図会 巻之五
○佐久郡小諸
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
小諸の名称はこの村から出たといわれます。〔小室とも書きます〕大井庄長倉の里といい
ます。このあたりは、浅間山(注1)のふもとをめぐる街道で、上田のあたりからしだい
につま先上がりとなります。右の裏通りは、千曲川...
■龍駕の跡 (明治11年の天皇北陸・東海道巡行) [ルビ・注記]
龍駕(りょうが 天子の車)の跡(注一)
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
りたる所にて浅間間山を眺むれど、今日は殊更(ことさら)峯に雲懸りて煙の様見えず、
思ひなき程もしられて浅間山峯のけふりのけふはたえたる正風秋霧は晴れわたれとも浅間
たかねの雲ははなれさりけり滋賀重身徳大寺家従...
■善光寺道名所図会 [翻刻] 善光寺道名所図会 巻之五
○佐久郡小諸
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
、是より十八丁脇に諸村といふあり、其村より出し小諸なり、[小室共書す、]大井庄長倉
の里といふ、此辺ハ浅間山の腰を巡る街道にて、上田辺より次第に爪先上りにて、右裏通
ハ干曲川の急流なり、午(ママ)頭天王宮町中左...
■二十四輩順拝図会 巻之五 信濃之部・上野之部 [現代訳]
[[現代訳]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
上人の御筆。)善光寺の東の方に、犀川と千曲川という2つの大きな川がある。千曲川は
その源を甲州に発し、浅間山の麓を巡って流れ下る。犀川は当国の鳥居峠の辺りから出て
、長沼の辺りで両川が合流し、越後へ流れ下ると信...
■諸国道中商人鑑 [解説]
3 松井田から追分まで
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
ば」の店が掲載されている。軽井沢から沓掛、追分と続く宿(しゅく)を浅間三宿と呼び
「小諸馬子唄」では「浅間山さんなぜ焼けしゃんす裾にお十六持ちながら」と唄われてい
る。「お十六」とは三宿(さんしゅく)を三四九と...
■長野県師範学校生徒修学旅行概況 [ルビ・注記]
長野県師範学校生徒修学旅行概況[全文]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
糊(もこ)、風景最も佳なり。八ヶ岳蓼科山を経て、東北に方り、常に一縷の雲煙を噴く
ものは、問はすして其浅間山なるを知らん。乗鞍岳鎗ヶ嶽等は、北方に聳えて突兀たる峯
巒相重畳し、延て越中の立山に及ふ。加賀の白山は...
■二十四輩順拝図会 巻之五 信濃之部・上野之部 [解説]
著者、絵師等
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
、康楽寺、正行寺、長称寺、宮川神社を、絵を交えて紹介しています。その間には、野尻
湖、川中島、姨捨山、浅間山、諏訪湖といった、一般的な名所の紹介もしています。善光
寺では、「善光寺朝参りの図」が貴重です。お朝事...
■戸隠善光寺往来 [現代訳]
[[現代訳]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
信州と上州の境に鎮座している。軽井沢宿、平葉の原、沓掛宿、追分宿は「信濃なる浅間
の山」と歌に詠まれた浅間山の麓の宿場で、まっすぐに行けば京街道・木曽街道で、右の
方を小諸宿に出れば、善光寺そのほか北国に向かう...
■戸隠善光寺往来 [翻刻]
[[翻刻]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
、坂本ハ臼井峠之(改頁)麓、熊野権現の社は信上之境ニ鎮座有。軽井沢、平葉之原、沓
掛、追分は、信濃なる浅間山与詠し裾野之駅ニ而、(改頁)8直に行は京街道木曽道、左
之方小諸江出候得は、善光寺其外北国往還也。田中...
■善光寺道名所図会 [現代訳] 善光寺道名所図会 巻之一
○安曇 池田
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
鹿、カモシカ)などが多いといいます。このあたりを有明山の里というのは、この山のあ
たりゆえでしょうか。浅間山に劣らない高い山で、いつも霧が深く立ちこめていて、山の
姿もはっきりしません。西行上人が詠んだといい伝...
■善光寺道名所図会 [現代訳] 善光寺道名所図会 巻之五
○小県郡田中
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
様を勧請して、するすの宮ということにしたのです。右に流れる千曲川のむこうに、布引
観音が見えます。左は浅間山のふもとになります。このあたりに祢津という山城がありま
す。そこは、源頼朝の頃、根津甚平の居住地でした...
■善光寺道名所図会 [翻刻] 善光寺道名所図会 巻之一
○安曇 池田
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
信濃富士と称す、鶏・雷鳥・熊・くらしゝ等多しといふ、此あたりを有明山の里といふも
、此山の辺故とかや、浅間山に劣らぬ高岳にて、常に霧深く立こめて、山の姿もあらハな
らす、西行上人の歌とて人の口碑にあり、
■善光寺道名所図会 [翻刻] 善光寺道名所図会 巻之五
○小県郡田中
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
、倶に枝葉を生じ繁茂したるゆへ、諏訪を勧請してするすの宮と称す、右の方千曲川の向
ふに布引山見ゆ、左は浅間山の麓なり、此辺に袮津といふ城山あり、昔頼朝卿の頃、根津
甚平が住居の地なり、根津甚平鷹術巧手の事ハ、木...