NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ

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寛保2年 戌の満水 原町問屋日記より [解説]
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
た洪水は、まず塩崎村を、次に御幣川村、会村、を襲い小森村に流れ込みました。『松代
満水の記』によると、流死者は塩崎村で八三人、御幣川村で一〇二人、会村一六人の多数
に及んでいます。岡田村には土砂が流れ込みました...
寛保2年 戌の満水 原町問屋日記より [現代訳]
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
り熊谷の土手は三カ所切れ、阿部豊後守様の御城下も被害を受けました。一小諸の六供、
田町、本町が流失し、流死者は三四〇人、馬は一四ひき流され流れつぶれた家は二〇七軒
にのぼりました。なお、小諸城下や旅人の被害はわ...
寛保二壬戌年金井村戌出水万覚留帳 [解説]
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
のである。土石流のメカニズムを解明する一助ともなろう。「万覚留帳」によれば、この
土石流による金井村の流死者は113人だったという。生き残って祢津の長命寺をめざした
村人が105名だから、他所へ避難した者が若干...
寛保二年八月 上畑村水災救恤願 [解説]
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
のは、佐久郡上畑村(現佐久穂町)であった。寛保二年八月の「上畑村水災救恤願」(一
〇一一〇)によれば、流死者二四八人(『八千穂村誌』第四巻によれば、全体の四〇パー
セント)、流失家屋一四〇軒(八四パーセント)、...
寛保二年九月上畑村水災につき当立毛御見捨願 [解説]
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
のは、佐久郡上畑村(現佐久穂町)であった。寛保二年八月の「上畑村水災救恤願」(一
〇一一〇)によれば、流死者二四八人(『八千穂村誌』第四巻によれば、全体の四〇パー
セント)、流失家屋一四〇軒(八四パーセント)、...
寛保二年十月上畑村総百姓往還道・屋敷移転取極証文 [解説]
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
のは、佐久郡上畑村(現佐久穂町)であった。寛保二年八月の「上畑村水災救恤願」(一
〇一一〇)によれば、流死者二四八人(『八千穂村誌』第四巻によれば、全体の四〇パー
セント)、流失家屋一四〇軒(八四パーセント)、...
小諸洪水流失改帳 [現代訳]
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
ある。流死は昨日までで侍身分の妻子や足軽以下中間ならびにその者たちの妻子家中召仕
ら77人である。今後流死者は増えるかもかもしれないが、今後十分調査できるかわからな
いので昨日までの数字をまずお伝えする。町の流...
弘化丁未春三月二十四日信州大地震山頽川塞堪水之図 [現代訳]
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
略)この日信濃国では大山が崩れ、大河が洪水を起こして、6郡で家やかまどがすべて流
失した。牛馬や男女の流死者が山のようにあった」(注)平安時代後期の歴史書『扶桑略
記』に見える仁和地震の記事です。私(原昌言)は...
寛保二年 小諸大洪水変地絵図(2)の裏書 [現代訳]
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
人馬や諸道具がおびただしく流されてきてあわれでした。上田城主松平伊賀守様は、千曲
川近くの村々へ命じて流死者を収容させ、秋和村の正福寺に無縁塚を建てさせ、法事をし
てくださった由、ありがたいことです。当所でも、...
宮坂弥五左衛門古記録 [解説]
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
していた水が何らかの理由で一気に流下したからと考えれば、下流の寂蒔を10時頃に洪水
が襲い160人近い流死者が出たとする「古記録」の記述と符合する。そして、この大洪水
が、徐々に水嵩が増すタイプの洪水ではなく、...
宮坂弥五左衛門古記録 [現代訳]
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
洪水になった。水の深さは1丈2尺(3.5メートル余)との記録がある。家60軒が流され、
潰家は29軒、流死者は158人だった。夫食(援助)金は8月から10月までに51両3分いただ
いた。当時の村の名主は彦右衛門...
寛保二戌年水害御届書 [解説]
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
113軒に泥砂が押しこみ大破。城下の橋5ヶ所が流されました。流された家は75軒、潰れた
家は106軒。流死者は39人。流死馬が15匹と報告されています。松代藩ではこの水害をき
っかけに、城や城下を水害から守るた...
寛保二戌年水害御届書 [現代訳]
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
同潰家106軒一、流死人男16人女23人一、流死馬15疋右のとおり、城内並びに侍屋敷、町
家の損失及び流死者数を御届申し上げます、以上8月21日真田豊後守(5代藩主真田信安)
■浅間山 [解説]
第三編 浅間山変異記
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    4.地域の記録
れる「鬼押(おにおし)出(だし)」はこのときできたものです。このときの被害は、流失家
屋役一一五〇個、流死者一六二〇余名といわれています。降灰による農作物や家畜への被
害と噴火後の天候不順は、天明の大飢饉をひき...
「戌の満水」(寛保2年の洪水)による小諸
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    パスファインダー
だ内容紹介千曲川の見直しの一つとして「寛保の洪水」を取り上げ、流域の被災地 を訪
ねて全容と今を検証。流死者数や災害環境などがまとめられている。1 論題名 「戌の満
水」覚書著者名 青木隆幸/著雑誌名 信濃出版...