NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ

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寛保二壬戌歳満水記 [現代訳]
[[現代訳]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
山35ヶ所山抜、家35軒潰流共に、男女11人流死、田中村一家8軒潰男1人流死、田畑残らず
泥入砂入、小森村一家29軒流11人流死、内[6人男5人女]牛島村一流家22軒、潰家50軒、残
家半潰、人26人行方不明...
寛保二壬戌歳満水記 [翻刻]
[[翻刻]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
三拾五ヶ所山抜、家三拾五軒潰流共二、男女拾一人流死、田中村一家八軒潰男壱人流死、
田畑不残泥入砂入、小森村一家弐拾九軒流拾壱人流死、内[六人男五人女]牛島村一流家弐
拾弐軒、潰家五拾軒、残家半潰、人弐拾六人不...
寛保2年 戌の満水 原町問屋日記より [解説]
[[解説]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
々に大きな被害をもたらしています。堤防を決壊させた洪水は、まず塩崎村を、次に御幣
川村、会村、を襲い小森村に流れ込みました。『松代満水の記』によると、流死者は塩崎
村で八三人、御幣川村で一〇二人、会村一六人の...
■善光寺道名所図会 [現代訳] 善光寺道名所図会 巻之二
○安曇 大町
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
・塩島新田・千国・大網・横川・白池(越後界)までおよそ17里、東西幅5里ほどといい
ます。仁科古城は、森村海の口という湖水の際にあって、森の古城ともいいます。仁科氏
が代々住居していました。青木の湖を過ぎると...
■善光寺道名所図会 [翻刻] 善光寺道名所図会 巻之二
○安曇 大町
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
新田・千国・大網・横川・白池[越後界なり、]迄凡十七里、(改頁)東西巾五里程なりと
いふ、○仁科古城[森村海の口といふ湖水の際にあり、森の古城ともいふ、]仁科氏代々住
居なり、(略)15左○青木の湖を過て曠野...