NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ

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本城下町の移り変わりトピック(テーマ)
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本城下町の移り変わりトピック(テーマ)松本城下町の移り変わりねらい城下町が、明治
以降今日まで、どのように...
■善光寺道名所図会 [現代訳] 善光寺道名所図会 巻之一
○筑摩 松本
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
(かたしろ、神霊のかわり)として、祐海上人夢中の御姿を模して当寺に安置したといい
ます。宮村大明神、松本城下の辰巳の方角(南東)にあり、祭神は上諏訪の健御名方命(
たけみなかたのみこと)です。天満宮は同社に並...
地震後世俗語之種 第1冊 [解説]
絵の解説
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
れているのは、御開帳中だからです。善光寺の境内には、むしろで囲った芝居小屋や見世
物小屋があります。「本城又カリネカヲカ」と書かれた城山には、満開の桜が描かれてい
ます。善光寺御開帳が始まった弘化4年(184...
■松本藩庄内組大庄屋御用留 [現代訳]
[[現代訳]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
1日、金井佐源太。これを、東へ申し遣した。2日、天気、寒風。3日、快晴。明日4日朝六
時頃、御奉行が松本城下の御徒士町(おかちまち)通り宮本へお出でなさるので、お通り
の筋ではいつものように心得るようにとの仰...
地震後世俗語之種 第1冊 [現代訳]
[[現代訳]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
の仮寝が岡の様でありましょう。昔この辺りの農夫が畑を耕していて金色の毘沙門天の像
を見つけました。ここ本城仮寝が岡は(善光寺の)東北東にあたり毘沙門天に縁が深く、
また鬼門にあたる里なので、ここにお堂を建て尊...
地震後世俗語之種 第1冊 [翻刻]
[[翻刻]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
なるへし。過にし頃、此辺(ほと)りなる農夫畑を耕して金色(こんじき)なる昆沙門天
の尊像を得たり。爰に本城かりねか岡は寅のかたにあたり、尊天幸(さいは)ひの縁によ
り、また鬼門相当(さうたう)の里なれハ、こゝ...
■違作書留帳 [現代訳]
[[現代訳]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    3.一揆・騒動、藩史、民権運動の記録
どうしたことか、麦畑が途中からより折れて黄色になり、大不作、七月二日、松本で火事
、本町(ほんまち、松本城下町)杉屋より出火、(改頁)古見(こみ、東筑摩郡朝日村)
・今井一件につき、御見分地の今井にて差頭取の...
■安曇・筑摩両郡旧俗伝 [解説]
3、「信府統記」の構成
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    4.地域の記録
本書は全三32巻からなっています。まず、「第一諸城記上」は、松本城の開基と城主交替
年数並びに諸普請士屋敷割城下の町割と、松本から近国への道筋並びに信濃国中諸城下の
方角...
■安曇・筑摩両郡旧俗伝 [解説]
1、「信府統記」の編さん
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    4.地域の記録
28日、その祖である忠清の時、旧領4万5000石に2万5000石を加封されて、三河国吉田から
信濃国松本城に移され、安曇・筑摩両郡において7万石を領しました。以来、その子孫忠
職・忠直・忠周が家を継ぎます。忠...
■秀吉と真田 神川合戦(第一次上田合戦)と秀吉の動き
昌幸の秀吉への接近
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    4.地域の記録
た。しかし、事実はこれ以前に徳川軍は撤退していたのであった。それにしても、この書
状によると秀吉は、松本城主小笠原貞慶と「いよいよ申し談じ、越(落)度なき様に」と
指示している(7)。これにより、小笠原貞慶は...
地震後世俗語之種 第2冊 [解説]
絵の解説
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
が、2-61と2-62に詳しく載っています。それを元に、行列を見ていくことにします。2
-64の背後の本城は現在の健御名方富命彦神別神社(水内大社・県社)で、当時は毘沙門
堂がありました。その西側を南に向かっ...
■むしくら日記 [現代訳] 1巻 元
[[現代訳]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
んでした。4日に発って山辺村に行き尋ねたところ、温泉はいつもより量が減ったとのこ
とでした。それから松本城下に行きましたが、町家に倒壊した家は見られませんでした。
お城の塀は横に筋が入って割れて壊れたところが...
■むしくら日記 [翻刻] 3巻 利
[[翻刻]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
なるか因に爰に出す、式部大輔様御領分越後国高田、去々三月廿四日廿九日大地震之節破
損所左之通(改頁)一夲城住居向囲塀所々櫓橋大破一二丸・三丸所々門囲塀橋腰懸大破一
大手門橋右手土手三十間余裂崩、左手土手二十間...
浅間焼覚帳 [翻刻]
[[翻刻]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
一天明三癸卯七月六日、牧野遠江守様江戸表出立為(ママ)被遊、浅間焼ニ付御道中御留
りゆう(逗留)被遊、本城(本庄)御とまり、并安中宿御逗留漸々七月十六日之夜四ツ過
ニ御付(着)被遊候、右ニ付其夜私共御家中御役...
寛保二壬戌歳満水記 [解説]
[[解説]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
666)に生まれ、元禄年間(1688~1703)に信濃国絵図調整に携わり、享保10年(1725)
の松本城請取にも功績がありました。寛保2年の災害当時は77歳でした。
■諸国道中商人鑑 [解説]
4 小田井から本山まで
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
道本山宿贄川え二里」旅籠屋四軒、店二軒松本平と木曽とを結ぶ地として、政治上・軍事
上の要地であった。松本城主小笠原秀政が慶長19年(1614)本山宿の問屋役を命じた文書
が残されている。桜沢から牛首峠を越え、...
■善光寺道名所図会 [現代訳] 善光寺道名所図会 巻之一
○筑摩 郷原
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
地でもありますが、この桔梗が原のものは上品とされています。(注)郷原宿は、慶長19
年(1614)に松本城主小笠原秀政が、中山道洗馬宿と北国街道を結ぶために、北国脇往還
を整備したときに設定した宿場の一つで、...
■善光寺道名所図会 [現代訳] 善光寺道名所図会 巻之二
○筑摩 会田
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
郡から進出してきた海野(うんの、会田)氏の城下町で、宿の北上段の殿村に居館を、虚
空蔵山中腹の中の陣に本城を置きました。宿として正式に成立したのは慶長年間(1596~
1615)で、南より立町(新町)・中町・...
■善光寺道名所図会 [現代訳] 善光寺道名所図会 巻之二
○筑摩 青柳
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
と上杉が、天正11~2年(1583、84)に小笠原と上杉が攻防戦をした城で、青柳氏は、天
正15年に松本城へ呼ばれ小笠原貞慶に殺され、青柳城も落城しました。青柳宿を出て、し
ばらく北へ向かうと、岩山を垂直に切...
■秀吉と真田 神川合戦(第一次上田合戦)と秀吉の動き
家康重臣石川数正の秀吉への寝返り
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    4.地域の記録
している。家康の老臣石川数正のこの寝返りは、秀吉の外交上の成果といわれる。しかも
、このとき数正は、松本城主小笠原貞慶の嫡男で人質として岡崎城に差し出されていた秀
政を伴ってもいた。この件を北条氏直に報じた家...