NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ

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■真田氏関係資料 パスファインダー&目次検索 10.真田関係資料目次
真田家文書 上巻
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    4.地域の記録
編集米山一政発行長野市昭和56年10月10日発行目次1武田晴信宛行状………12武田信玄
………23織田信長書状………34武田勝頼書状………55武田勝頼書状………66武田勝頼朱
印条目………7...
■秀吉と真田 関ヶ原の役と第二次上田合戦
三成ほか西軍諸将よりの書状
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    4.地域の記録
「秀吉と真田」の目次はこちら七月十七日の檄文に続き、上田城の昌幸の下へは西軍の主
要武将よりの書状が続々と届けられた。石田三成のほか、長束・増田・前田という豊臣家
奉行の面々はもちろん、総大将に担ぎ出...
■秀吉と真田 名胡桃事件と小田原の役
小田原出陣
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    4.地域の記録
ばしば秀吉の下へ報告し、秀吉からもそれに応えて、小田原の戦況を知らせてきている(
写真)。四月十一日の書状(写真)では、小田原城は二重三重に取り囲み、鳥の通いもで
きないほどで、篭城の者共も正体がなくなってこ...
真田氏関係の城址、寺社、文化遺産トピック
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    パスファインダー
城址、寺社、文化遺産実戦の城としての上田城はじめ城址について、関が原合戦前夜の緊
迫 した様子を伝える書状等、真田氏が伝えた各種文化遺産等について調 べる。松尾城 
日向畑遺跡 洗馬城跡 根小屋城跡 横尾城跡...
■松本藩庄内組大庄屋御用留 [現代訳]
[[現代訳]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
があったので、ただちに申し遣す、(改頁)一、妙福寺等からの出願を御聞き届け、東へ
宮淵役人を呼び出して書状入遣す下横田町の恵光院の禅堂そのほか諸座が破損したので、
御領分勧化御免組々へ通達するようにと仰せ出さ...
■松本藩庄内組大庄屋御用留 [翻刻]
[[翻刻]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
ツ時、無遅参召連罷出候様、中沢より通達直ニ申遣候、(改頁)28一妙福寺他出願御聞届
、東へ宮淵役人呼出書状入遣ス下横田町恵光院右者禅堂其外諸座破損ニ付、御領分勧化御
免組々江、及通達ニ候様、被仰出候間、此段御...
■秀吉と真田 関ヶ原の役と第二次上田合戦
徳川秀忠軍の上田攻め
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    4.地域の記録
しかし、これにより後の大坂城での信繁の活躍にもつながる物語が生まれることになった
。真田信幸宛徳川家康書状<史料解説>「真田信幸宛徳川家康書状」真田宝物館蔵慶長五
年(一六〇〇)八月二十一日真田信幸(伊豆守)...
■秀吉と真田 真田幸村と大坂の役
昌幸最晩年の書状 幸村筆
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    4.地域の記録
「秀吉と真田」の目次はこちら真田信之宛同昌幸書状<史料解説>「真田信之宛同昌幸
」真田宝物館蔵年次不詳三月二十五日関ヶ原合戦後、真田昌幸・幸村父子...
■秀吉と真田 神川合戦(第一次上田合戦)と秀吉の動き
昌幸の秀吉への接近
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    4.地域の記録
したうえで上杉氏は真田の従属を受け入れたものだった。また、近年まで見落とされてい
た矢沢頼綱宛石田三成書状によれば、真田・徳川が対陣していた最中の九月二日かその少
し前に、上杉氏の使者により、昌幸の書状が秀吉...
真田三代~幸隆・昌幸・信之(信幸)・信繁
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 上中下3巻から成るが、特に上巻には、武田晴信宛行状・武田勝頼条内容紹介目・真田
昌幸宛行状・羽柴秀吉書状・豊臣秀吉書状・豊臣氏奉行連書 状・長束正家等連書状・徳
川家康書状・徳川家康安堵状・石田三成書状・本...
■秀吉と真田 関ヶ原の役と第二次上田合戦
真田氏の動静
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    4.地域の記録
報じていた。これより、まず信幸も伏見にいたことが分かる。そして、何よりもこれで注
目されることは、この書状が真田氏宛での秀忠書状としては初めてのものであり、徳川氏
よりの書状としても、天正十八年の名胡桃城事件...
■違作書留帳 [現代訳]
[[現代訳]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    3.一揆・騒動、藩史、民権運動の記録
する、十二月二十三日定三郎が名主役を仰せ付けられた、(改頁)十二月二十四日私に御
差し紙(出頭を命じた書状)、御私領御役所へ召し出され、高出一件の取り扱いの件につ
き、御褒美として金百疋(一疋は二十五文)を下...
■秀吉と真田 神川合戦(第一次上田合戦)と秀吉の動き
上杉方による上田城増築普請
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    4.地域の記録
は七千余であったという。しかし、真田方は寡兵よくこれを退けた。昌幸の長男信幸は沼
田方面の家臣に出した書状で、その戦果を簡潔に知らせている(6)。遠州(徳川)勢と
国分寺(上田市)で一戦を遂げ、敵を千三百余討...
■秀吉と真田 神川合戦(第一次上田合戦)と秀吉の動き
家康の真田再征進発と秀吉による懐柔
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    4.地域の記録
らには上杉景勝に真田支援の禁止を命じてまでいる。八月七日付け上杉景勝宛ての秀吉の
臣増田長盛・石田三成書状では、真田は「表裏比興者」なので成敗することにした、家康
が人数を出すだろうが、そちら(景勝)から真田...
■秀吉と真田 名胡桃事件と小田原の役
北条氏討伐へ
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    4.地域の記録
らこの報告に憤激した秀吉は、重大な裁定違犯だとして、北条氏征伐を決断する。昌幸宛
て十一月二十一日付け書状で、北条の態度には大変問題があったが不問に付し、使者を派
遣して要求どおり沼田城を渡してやった、にもか...
■秀吉と真田 秀吉政権下の真田氏
伏見城普請
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    4.地域の記録
れている(写真)。このときの秀吉の奉行や普請奉行からの幾つかの通達の内の一通、文
禄三年正月十八日付け書状(写真)の宛名には昌幸・信幸と並んで「左衛門様」つまり左
衛門佐(さえもんのすけ)信繁(幸村)の名も見...
■秀吉と真田 関ヶ原の役と第二次上田合戦
東西に分かれた真田父子
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    4.地域の記録
県佐野市)に陣を取っていた真田昌幸に、石田三成方の豊臣家奉行長束(なつか)正家等
より七月十七日付けの書状が届けられた(写真)。七月二十一日のこととみてよい。秀吉
の遺子秀頼を擁して反徳川の兵をあげたので、是...
■宿継要書留 [現代訳]
[[現代訳]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
ます。右のことを納得していただくよう是非にお願いします。恐惶謹言丑12月2日宿々問
屋大原伊右衛門様此書状4日ニ着一筆啓上いたします。寒気の節いよいよご健勝のことと
思います。その御地より高遠町や松本までの間...
■宿継要書留 [翻刻]
[[翻刻]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
継場ニ卸候様致度候、右之段(改頁)可得御意如是ニ御座候、恐惶謹言丑十二月二日宿々
問屋大原伊右衛門様此書状四日ニ着一筆致啓上候、寒気之節愈御堅勝可被成御座、珍重奉
存候、然ハ其御地より高遠町并松本迄之間之町在...
■違作書留帳 [翻刻]
[[翻刻]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    3.一揆・騒動、藩史、民権運動の記録
者追々宜し此間両三日大暑而巳、其外隠曇、江戸より五日出候状ハ麦作等宜由申参り候へ
共、又此節六月ニ至り書状之内ニ者江戸も日々曇雨降自国ハ察杯申参ル(改頁)56当村千
蔵木曽ニ而白米壱両ニ付五斗ニ売る当年梅のな...