NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ

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■上田郷友会月報 創刊号 [解説]
1 「上田小県地域の生き字引」となっている『上田郷友会月報』
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    4.地域の記録
求め、その開設を明治政府に約束させた自由民権運動が最高潮から終息に向かうころ創刊
されました。創刊した明治18年(1885年)2月1日から昭和19年(1944年)3月25日第686号
をもって休刊するまでの59年間...
■木曾山林学校々友會報 第一號 [ルビ・注記]
[注記]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    7.教育、人物・伝記
)愁眉(しゅうび):「愁眉を開く」で、今までの心配が解けて安心すること。(注7)薪炭を
得るに苦しみ:明治18年(1885)皇室財産の基礎を確立するために、優良な官有林が帝室一
般財産に編入することが決められ、管理...
「上田郷友会月報」記念号中「既往八十年」  [ルビ・注記]
[[ルビ・注記]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    7.教育、人物・伝記
報を発行した。この宮下翁の回想録によれば、結成は明治十七年の夏であったことが分か
る。上田郷友会月報は明治十八年から再発行されたが、月報には郷里上田の会員も投稿し
た。編集発行人であった宮下翁が亡くなる昭和十九年の...
■龍駕の跡 (明治11年の天皇北陸・東海道巡行) [解説] はじめに
[[はじめに]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
県図書館協会宮下明彦明治天皇は地方行幸・巡行を97回行いましたが、そのうちの明治5
年(1872)から明治18年(1885)にかけて6回の大規模な巡行を行いました。これを6大巡
行という。「6大巡行で天皇は政府中枢...
■龍駕の跡 (明治11年の天皇北陸・東海道巡行) [ルビ・注記]
龍駕(りょうが 天子の車)の跡(注一)
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
失せり。―以下省略―(注一)明治天皇は生涯に九十七回の巡行を行っていますが、明治
五年(1872)から明治十八年年(1885)にかけて六回の大規模な巡行(六大巡行)を行っ
ています。「巡行」とは天皇が従者とともに数...
■善光寺道名所図会 [現代訳] 善光寺道名所図会 巻之二
○筑摩 青柳
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
(1614)の記録では、家数が37軒、弘化3年(1846)は旅範屋11・茶屋7・馬士7・かご稼5
軒、明治18年(1885)には、宿屋が問屋のほかに13軒ありました。青柳城は、館の上方、
標高900メートルの尾根に...
■上田案内 [解説]
[[解説]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    4.地域の記録
究者で東京大学教授山極勝三郎や民生委員制度確立の祖で法学者の小河滋次郎、のちの上
田市長勝俣英吉郎らが明治十八年に東京で結成した会である。〇旅舎上田駅前に旅館が集
中していることは当然であるが、「市中各所になお数十...
■上田郷友会月報 創刊号 [翻刻]
[[翻刻]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    4.地域の記録
明治十八年二月一日発兌禁売買2上田郷友会月報第壱号上田郷友会(改頁)3上田郷友会月
報第一号目次○緒言○本会規則...
■信州飯田町家扣 [解説]
[[解説]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    4.地域の記録
を勤める有力な家でした。「綿屋庄助」がどの家なのかは、はっきりとはしません。さら
に裏表紙を見ると、「明治18年8月蜂谷所蔵トナル」と記されており、綿屋から渡った先
は、おそらく庄屋や戸長を勤めた、上飯田村の蜂谷重...
■信州飯田町家扣 [現代訳]
[[現代訳]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    4.地域の記録
衛門阿久津四郎兵衛本町通り知久町通り番匠町通大横町通松尾町通右拾三町之者共飯田記
番匠町わたや庄助持主明治18年8月蜂谷所蔵となる現代訳トップへ...
■信州飯田町家扣 [翻刻]
[[翻刻]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    4.地域の記録
り知久町通り番匠町通大横町通松尾町通右拾三町之者共飯田記終ニ(改頁)(改頁)50番
匠町わたや庄助持主明治十八年八月蜂谷所蔵トナル翻刻トップへ...
■秀吉と真田 「真田」の錦絵
[[「真田」の錦絵]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    4.地域の記録
川国芳の門人。号は大蘇のほか一魁斎など。明治に入って近代的な感覚を盛り込んだ歴史
画に本領を発揮した。明治十八年の浮世絵師番付では一位。特に欧米では評価が高い作家
である。[目録]  幸村芦叢へ...
「上田郷友会月報」記念号中「既往八十年」  [解説]
[[解説]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    7.教育、人物・伝記
のメンバーとは竹馬の友であり生涯無二の親友であった。永らく文部省に勤務するかたわ
ら、編集発行人として明治18年以来発行し続けた「上田郷友会月報」は上田近代史研究の
根本的資料となっている。また、旧藩主松平家の家令...
「長野県下ノ小学教員二告ル文」 [解説]
[[解説]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    7.教育、人物・伝記
卒業式で、粗暴過激の言論、他生徒を教唆煽動するような弊害は十五年中にまったく絶滅
した、と述べている。明治十八年八月能勢は「長野県教育の実況」(『大日本教育会雑誌
』)と題し、長野県が教育上他府県より優れている点を...
長野師範学校は初めて学年・学期を定め、開業式・卒業式を挙行 [解説]
[[解説]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    7.教育、人物・伝記
卒業式で、粗暴過激の言論、他生徒を教唆煽動するような弊害は十五年中にまったく絶滅
した、と述べている。明治十八年八月能勢は「長野県教育の実況」(『大日本教育会雑誌
』)と題し、長野県が教育上他府県より優れている点を...
『小諸義塾と木村熊二先生』 [解説]
[[解説]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    7.教育、人物・伝記
リスト教信者となり、牧師の試験に合格して、明治15(1882)年に帰国した。帰国後は、
妻鐙子とともに明治18年に明治女学校を創立したり、『女学雑誌』を創刊したりと、女子
教育に力を注いだが、妻鐙子は翌明治19年に...
小河滋次郎トピック(テーマ)小河滋次郎ね
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    パスファインダー
03 巻号頁数 第8号 4 論題名 小河滋次郎 著者名 小河滋次郎 雑誌名 上田郷友会月報 出
版年 明治18年巻号頁数小河滋次郎は上田郷友会創立メンバーであり、上田郷友会月報に
「岳 洋」の号で多くの寄稿文を寄せ...