NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ

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■違作書留帳 [現代訳]
[[現代訳]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    3.一揆・騒動、藩史、民権運動の記録
門様(御堂町)、貝谷張内様(上下町)、高木此右衛門様(下之町)、三輪幸七様(西町
)、朝比奈門蔵様(御町)、乾平市様(東ノ町)、山口又五郎様(御徒町、おかちまち
)、後藤太八様(御町)、(改頁)成瀬鹿右...
地震後世俗語之種 第1冊 [解説]
絵の解説
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
の行列はまず常念仏堂に参拝し、続いて本堂に向かうところなのでしょう。先頭は「光明
遍照」「十方世界」のが立つ山門前に達しています。1-46著者永井善左衛門幸一が御
開帳を当て込んで、駒返橋の北に出店した土...
浅間焼覚帳 [現代訳]
[[現代訳]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
何もせず小諸町を通り抜けた。小諸町の西側の小諸藩領の菱野村・布下村へ行き、二、三
軒打ちつぶした。祢津本領では、みはり(新張)村の酒屋所右衛門を打ちつぶし、焼き
払った。矢沢本領では、赤坂村の酒屋市郎右...
寛保二年八月 上畑村水災救恤願 [解説]
[[解説]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
のために領主へ資金援助や河川の護岸工事の実施を願ったのが、この史料である。上畑村
は当時、七〇〇〇石の本水野惣兵衛忠穀領であったが(役所は高野町にあった)、願書
のなかで「殿様(本)御ちから(力)」には...
寛保二年九月上畑村水災につき当立毛御見捨願 [解説]
[[解説]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
のために領主へ資金援助や河川の護岸工事の実施を願ったのが、この史料である。上畑村
は当時、七〇〇〇石の本水野惣兵衛忠穀領であったが(役所は高野町にあった)、願書
のなかで「殿様(本)御ちから(力)」には...
寛保二年十月上畑村総百姓往還道・屋敷移転取極証文 [解説]
[[解説]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
のために領主へ資金援助や河川の護岸工事の実施を願ったのが、この史料である。上畑村
は当時、七〇〇〇石の本水野惣兵衛忠穀領であったが(役所は高野町にあった)、願書
のなかで「殿様(本)御ちから(力)」には...
■龍駕の跡 (明治11年の天皇北陸・東海道巡行) [解説] Ⅲ六大巡行の歴史的意義
1巡行における府県の布達
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
」について多くの達が出された。その象徴的な布達が「小学生等虚飾注意」であった。ま
た、「提灯点灯」「国掲揚」がほとんどの府県で人々に達せられているが、これは明治
5年に各府県が独自に提灯で奉祝することを達...
■龍駕の跡 (明治11年の天皇北陸・東海道巡行) [ルビ・注記]
龍駕(りょうが 天子の車)の跡(注一)
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
陸軍楽隊は一斉に楽を奏す。御行列は警視官数十人騎馬(きば)にて先導し奉り、儀仗兵
(ぎじょうへい)、御、次に儀仗兵二小隊四列をなして前後左右より御輦に従ひ奉り、
両皇后の御輦(柳原典侍陪乗)続いて後に輾り...
■安曇・筑摩両郡旧俗伝 [現代訳]
[[現代訳]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    4.地域の記録
埋めて塚を築いた、その塚の形は、(改頁)飯を盛ったのに似ているので、今は飯塚とい
う、この時に人々の旌を神躰として宮殿を作った、筑魔の神社がこれである、その
納めた場所に竹が生えている、これを野竹とい...
■秀吉と真田 神川合戦(第一次上田合戦)と秀吉の動き
武田氏・織田氏の滅亡と真田昌幸
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    4.地域の記録
する糸(紐)が白黒のまだらで、きつつきの胸毛の模様に似ているところからきている。
[目録]革製六連銭紋印<史料解説>「革製六連銭紋印」柘植弌郎氏蔵上田市立博物館
保管昌幸所用具足とともに、河野家に伝わっ...
■秀吉と真田 真田幸村と大坂の役
[[真田幸村と大坂の役]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    4.地域の記録
伝える。唐冠つまり中国の官人の冠を模したもの。左右の瓔(えい)に桐紋が付けられて
いる。鹿角・六連銭文指物<史料解説>「鹿角・六連銭文指物」上田市立博物館蔵絹
地に鹿角と六連銭があしらわれている。真田幸...
■真田氏関係資料 パスファインダー&目次検索 10.真田関係資料目次
真田史料集
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    4.地域の記録
…172相州三増峠合戦………175駿州花沢城攻………176豆州韮山合戦………176上州吾妻郡
岩櫃城御下に属す………177遠州高天神城兵粮入………193上州利根郡沼田御下に属す
………194巻之三海野能...
地震後世俗語之種 第2冊 [現代訳]
[[現代訳]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
保14年(1843)辛卯(正しくは癸卯)正月の9日から2月の初め頃まで、西南西から南東の
方に向かって雲のようなものが現れましたが、日の光のせいでその形ははっきりせず、
これを見る人も稀でした。2月の2日...
地震後世俗語之種 第2冊 [翻刻]
[[翻刻]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
鋪出すべし。○左に出す図は、去る天保十四辛夘孟春九日より如月の初つころまて酉戌の
方より辰巳の方に向ひ雲の如き気を発すといへとも、日輪の光に押へられてその形をわ
かたす、見る人もまた稀なり。きさらきはしめ...
■龍駕の跡 (明治11年の天皇北陸・東海道巡行) [解説] おわりに-近代天皇制国家への道
[[おわりに-近代天皇制国家への道]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
巡行以降、民情を問う天皇像が徹底して強調された。巡行と民衆との関係においても、地
方官が奉祝をうたい国・提灯や小学生の集団奉迎を準備させたことに呼応し、人々も小
学生の洋服や袴を新調し、地域の意思で行在所...
■安曇・筑摩両郡旧俗伝 [翻刻]
[[翻刻]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    4.地域の記録
去シ地ニ埋メ、塚ヲ築ケリ、其塚の形、(改頁)8飯ヲ盛たルニ似タリとて、今ニ飯塚と
称ス、此トキ諸人乃旌ヲ神躰として宮殿を作り、筑魔ノ神社是なり、其竿ヲ納メシ地
ニ竹生せり、是野竹とて昔ハ弓ニモ成シト云伝...
■小県郡民謡集 [ルビ・注記]
児童謡
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    4.地域の記録
書の叢書)を編纂した。2.目が見えないこと。今日は元日一首○今日は元日都も村も軒
にひらひら日の丸の御門に松竹梅さへかほる初日うらうら霞(かすみ)もはれて藪(や
ぶ)で雀が忠忠鳴けば森で鳥が拳孝謡ふ忠孝大...
■信州飯田町家扣 [現代訳]
[[現代訳]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    4.地域の記録
口論になり、町人足兄が小奉行を打擲するということがありました。このことが取調べと
なり、兄弟を馬に乗せを立て、町中を引廻し獄門にしました。このことから町中が恐れ
迷惑がり、人足代米に直し上納するようにした...
■秀吉と真田 神川合戦(第一次上田合戦)と秀吉の動き
家康の命令による上田築城の開始
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    4.地域の記録
)一月には、小県郡南部依田窪地方(千曲川の支流依田川流域)の諸士がこぞって徳川に
、直接的には真田に反を翻した。そのため閏一月に昌幸はこれらと戦闘を交えている(
4)。これに対する措置として家康は、三月に...
■秀吉と真田 関ヶ原の役と第二次上田合戦
徳川秀忠軍の上田攻め
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    4.地域の記録
ようにと沼田城の信幸に申し送っている。秀忠軍が西上の途につくにあたっての表向きの
名目は、このように反を翻して上田城に帰ってしまった真田昌幸征伐とされていた。[
目録]   ...