NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ

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■善光寺道名所図会 [現代訳] 善光寺道名所図会 巻之一
○筑摩 松本
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
520年)に、島立右近太夫貞永という人が、井川城を移してこれをを築き、そののち大永3
年(1523)、小笠原家一族の水上宗浮という人が、信濃国の仁科からこの城に移りました
。また天文2年(1533)に、小笠原大...
■善光寺道名所図会 [翻刻] 善光寺道名所図会 巻之一
○筑摩 松本
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
城は永正の元、島立右近太夫貞永といふ人、井川の城を移して是を築、そのゝち大永三年
、水上宗浮といふ人[小笠原家の一族なり、]同国仁科より此城に移る、また天文二年、
笠原大膳大夫長時林の城より爰に移り給ふ、同二...
■秀吉と真田 神川合戦(第一次上田合戦)と秀吉の動き
昌幸の秀吉への接近
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    4.地域の記録
かし、事実はこれ以前に徳川軍は撤退していたのであった。それにしても、この書状によ
ると秀吉は、松本城主小笠原貞慶と「いよいよ申し談じ、越(落)度なき様に」と指示し
ている(7)。これにより、小笠原貞慶は昌幸と同...
■秀吉と真田 神川合戦(第一次上田合戦)と秀吉の動き
家康重臣石川数正の秀吉への寝返り
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    4.地域の記録
らかになった、よって家康を成敗することに決めたので、来春出馬するまでの間、信州と
甲州の両国については小笠原貞慶・木曽義昌と諸事相談して落ち度のないように、などと
も指示している。家康の老臣石川数正のこの寝返り...
■善光寺道名所図会 [現代訳] 善光寺道名所図会 巻之二
○筑摩 青柳
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
はじめは信濃衆の一味だったともいい、伊勢守の代に甲州武田家に属し、50騎の軍役でし
た。甲州が没落し、小笠原貞慶(さだよし)が帰城の後もなお小県(ちいさがた)郡の真
田氏等に味方して、越後の上杉景勝に志を通じて...
■信州飯田町家扣 [現代訳]
[[現代訳]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    4.地域の記録
、京極家へ召し抱えられた人です。京都の町割をまねして竪横に小路を割り、慶長元(15
96)年松尾の城主小笠原掃部太夫信嶺公が、関東へ所替えの後、松尾の町を持ってきて、
伊勢町の上に続けて建て、松尾町といいました...
■信州飯田町家扣 [翻刻]
[[翻刻]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    4.地域の記録
浪人とて上方江出御当家へ被在付候京都の(改頁)6町割ニ准して竪横ニ小路を割、慶長
元年伊賀良松尾の城主小笠原掃部太夫信嶺公関東江御所替之後、松尾町をニ引伊勢町之上
ニ建続て松尾町と号、田町も此時建継大横町并ニ上...
■善光寺道名所図会 [現代訳] 善光寺道名所図会 巻之二
○筑摩 会田
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
空蔵山が見えますが、会田小次郎広政の古城地です。広政は海野幸継の2男で、はじめは
当国衆の一味でした。小笠原の籏下でしたが、武田家の鋒先が強勢だったので、甲州へく
だって10騎の軍役になりました。小笠原氏が帰国...
■善光寺道名所図会 [翻刻] 善光寺道名所図会 巻之二
○筑摩 青柳
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
勢守頼長なり、始は信濃衆一味なりしかとも、伊勢守代に甲州の武田家に属し、五十騎の
軍役たり、甲州没落、小笠原貞慶帰城の後もなほ小県郡の真田等と一味して、越後の景勝
へ志を通るにや、小笠原家ヘ一応の届もなく無礼の...
■秀吉と真田 秀吉政権下の真田氏
家康の関東移封と真田昌幸・信幸
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    4.地域の記録
を除く、家康配下の信濃の諸領主は根こそぎ関東へ移されることになる。これに対し、天
正十四年に秀吉の命で小笠原・木曽とともに家康に返されたはずの真田昌幸だけは、その
まま上田にとどまり引き続き小県郡一円を支配し、...
■善光寺独案内 [翻刻]
[[翻刻]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
)医療機械其外諸高名売薬仝大門町四丁目永寿屋北沢夲店―――長野市大門町一丁目(商
標)製茶問屋喜多乃園小笠原平作(絵)―――(改頁)35和漢洋薬種(商標)諸大家売薬
絵具染料品長野市大門町二丁目小升屋号小林伝兵...
■長野県師範学校生徒修学旅行概況 [ルビ・注記]
長野県師範学校生徒修学旅行概況[全文]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
の際、一々手記の余暇もあらさりけれは、茲に詳述すること能はす。(改頁)10当寺は畳
秀山開善寺と号し、小笠原貞宗の創建にして、開山は福州連江人清拙正澄大和尚と云ふ。
又今の住職を中嶋智蕙師と云ひ、義に勇み利を言...
■善光寺道名所図会 [現代訳] 善光寺道名所図会 巻之二
○筑摩 苅屋原
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
です(弟共3男ともいいます)。文明18年(1486)に鎌倉で道灌が討死のときに、信濃国
に落ちて来て、小笠原に属し、大永3年癸未(1523)からこの城主です。700貫文を領し、
小笠原家では一番大きいです。この...
■善光寺道名所図会 [翻刻] 善光寺道名所図会 巻之二
○筑摩 苅屋原
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
者居住せり、太田道灌の一族なり、[弟共三男ともいふ、]文明十八年鎌倉にて道灌討死の
砌、当国に落来り、小笠原に属し、大永三年癸未より当城主たり、七百貫文を領し、小笠
家にて一の大身なり、此辺十六ヶ村を領し、武...
■善光寺道名所図会 [翻刻] 善光寺道名所図会 巻之二
○筑摩 会田
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
、北東に虚空蔵山見ゆる、則会田小次郎広政の古城地なり、広政は海野幸継の二男にて、
始は当国衆一味たり、小笠原の籏下なりしが、武田家の鋒先強勢なるに依て、甲州へ降て
十騎の軍役たり、小笠原帰国の後、会田・青柳・麻...
■秀吉と真田 神川合戦(第一次上田合戦)と秀吉の動き
真田・小笠原・木曽、家康の与力に
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    4.地域の記録
六)十月、家康は大坂城の秀吉の下に出仕した。こうして家康との和議が完全になった中
で秀吉は、真田昌幸・小笠原貞慶・木曽義昌という信濃の三将を家康の配下に返すことに
している。既に見てきたように何れも天正十二年か...
■信州浅間焼之事 [現代訳]
[[現代訳]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
れることができなかった。焦熱地獄・大焦熱地獄の苦しさは、このようなものかと思われ
た。ちょうどこの時、小笠原相模守が国元へ帰るため、碓氷峠の麓の松井田宿に宿泊して
いた。その翌日、牧野遠江守がこの道を通って国元...
■諸国道中商人鑑 [解説]
4 小田井から本山まで
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
宿贄川え二里」旅籠屋四軒、店二軒松本平と木曽とを結ぶ地として、政治上・軍事上の要
地であった。松本城主小笠原秀政が慶長19年(1614)本山宿の問屋役を命じた文書が残さ
れている。桜沢から牛首峠を越え、小野に至...
■善光寺道名所図会 [現代訳] 善光寺道名所図会 巻之一
○筑摩 郷原
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
ありますが、この桔梗が原のものは上品とされています。(注)郷原宿は、慶長19年(16
14)に松本城主小笠原秀政が、中山道洗馬宿と北国街道を結ぶために、北国脇往還を整備
したときに設定した宿場の一つで、洗馬宿と...
■善光寺道名所図会 [現代訳] 善光寺道名所図会 巻之二
○筑摩 麻績
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
麻績氏は天文22年(1553)に武田氏に攻められて上杉氏」へ逃げ、のちにふたたび麻績へ
入りましたが、小笠原氏に心を寄せたので、天正11年(1583)に上杉氏に攻め滅ぼされま
した。麻績神明社は宮本にあり、伊勢...