NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ

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宿要書留 [現代訳]
[[現代訳]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
(表紙)宿についての大切な書類の記録脇坂様よりいただいた証文の写定め一たて茶一
紙荷一綿一ひつ荷一めんたい一ふ...
■松本藩庄内組大庄屋御用留 [現代訳]
[[現代訳]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
付られたので、組内の村々と寺社へも漏れなく申し聞かせる事。正月1日、表勘定所より
。これを1日、金井へぐ。(改頁)2月1日、風、暖い。書付をもって申し遣す高橋権蔵
代り藤沼九郎之丞、草間藤内、直段方広瀬小...
宿要書留 [翻刻]
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
(表紙)「宿要書留」脇坂様より被下置候御証文之写2定一たて茶一紙荷一綿一ひつ荷
一めんたい一ふと物一麻荢一たばこ...
宿要書留 [解説]
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
[目録]松川町資料館伊坪達郎『宿要書留』は、飯田市立中央図書館に所蔵されている「
飯田文書」の中にあります。「飯田文書」は、様々な経...
■松本藩庄内組大庄屋御用留 [翻刻]
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
組々惣代御差出可被下候様、当番組惣代江申出候間、例之通御差出可被成候、以上、正月
箋金井栗林直ニ中田へ(改頁)10庄内村弥六力左衛門妻いそ五右衛門忰幸之助右牢舎之
者印形持参、村役人明朔日御呼出しニ御座候...
■むしくら日記 [翻刻] 1巻 元
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
2むしくら日記凡例○弘化三(ママ)丁未三月、予此月御用奉、辰の刻に登営し、未の刻
に鎌原石州と代りて下宿し、酉の刻に又登営し丑の刻に下宿しぬ、四月ニ至りても申合せ
其如くになしぬ、四月十三日水災の後ハ夜の登...
■龍駕の跡 (明治11年の天皇北陸・東海道巡行) [ルビ・注記]
龍駕(りょうが 天子の車)の跡(注一)
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
けい皇后、皇太子が出かけ先から帰る)を仰出だされ、引続きて奉送者一同夫々に帰京せ
り。3此日は浦和に御宿泊、翌三十一日は桶川御宿泊、九月一日は熊谷、二日は新町、三
日は前橋、四日は高崎、五日は松井田に御宿泊...
■長野県師範学校生徒修学旅行概況 [ルビ・注記]
長野県師範学校生徒修学旅行概況[全文]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
后二時又発して、武石川を過き、依田川の沿岸なる、長窪古町に達し、夫より長久保新町
を経て、午后五時和田宿に到着し、翠川与兵衛、永井喜左衛門の二氏に投(改頁)宿す。
上田より此に至るまて。里程八里なれとも、午...
■信州飯田町家扣 [現代訳]
[[現代訳]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    4.地域の記録
た。二人は案内して信州に入り、老臣竹村・吉川・久保田三人を召連れて、文治3(1187
)年に飯田郷松原宿へ到着しました。ここに居館を建て住みつきました。郷民はたいへん
喜び、敬いました。この近藤氏は淡路国坂...
■信州飯田町家扣 [翻刻]
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    4.地域の記録
ふ大将を被命右両人案内申上導して信州ニ入、老臣竹村・吉川・久保田三人を召連れ、時
ニ文治三年飯田郷松原宿ニ到着候、則居館を営ミ住之、郷民之悦び斜(改頁)ならず崇啓
之、此近藤氏ハ本国淡路國坂西の人也平家追討...
■秀吉と真田 関ヶ原の役と第二次上田合戦
三成ほか西軍諸将よりの書状
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    4.地域の記録
・増田・前田という豊臣家奉行の面々はもちろん、総大将に担ぎ出された毛利輝元や宇喜
多秀家、そして大谷吉のものもある(写真)。特に三成からは連日のように長文の手紙
が送られてきている。このおりの三成からの最...
■善光寺道名所図会 [解説]
善光寺道(北国脇往還)
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
寺へ向かう道筋は、たいてい善光寺道といわれていましたが、とくに、中山道(なかせん
どう)の洗馬(せば)宿で分かれて北に向かい、郷原(ごうばら)・村井・松本・岡田・
刈谷原(かりやはら)・会田(あいだ)・青柳...
■善光寺道名所図会 [現代訳] 善光寺道名所図会 巻之一
○筑摩 洗馬
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
16左洗馬から郷原(善光寺道の宿場)まで1里半、塩尻(中山道の宿場)まで1里30町です
。京都から江戸まで69宿のうち、洗馬は39宿に...
寺子屋師匠の日記 [翻刻・注記]
寺子屋師匠の日記「年内諸事控日記 小沢和徳(注1) 慶応四戊辰年正月吉日」
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    7.教育、人物・伝記
11(○上略)三月朔日天気快晴(○中略)今日ハ子供少々手習ニ来り昼仕廻ニいたし申候
昨夜京都岩倉様本山宿御止宿ニ而今日塩尻宿御通行ニ付いな辺且横川辺よりも女中子供抔
(など)拝みニ参り通り申候下モ町手習子供...
寺子屋師匠の日記 [翻刻・注記]
寺子屋師匠の日記「諸事日新録 沢和徳扣(ひかえ) 慶応四戊辰年六月朔日ヨリ」
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    7.教育、人物・伝記
句七月七日終日雨天昨夜大降夕方より雨止不晴一扇子壱対宇治五作一拾疋宇治実之助一拾
疋宇治安市一拾疋小沢蔵一拾疋倉沢道太郎一拾疋同鍬次郎一拾疋小野孫太郎一拾疋雨沢
祐吉(改頁)18一拾疋小沢保輔一拾疋小野お...
「上田郷友会月報」記念号中「既往八十年」  [ルビ・注記]
[[ルビ・注記]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    7.教育、人物・伝記
明治天皇の北陸・東海巡行がなされた。明治天皇はじめ一行約千名が上田に入ったのは九
月七日夕刻のことで、宿泊所はこのとき新築された西洋造三階建ての上田街学校であった
。翌八日に善光寺大勧進に着蓮された。(注3...
地震後世俗語之種 第1冊 [翻刻]
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
と、苦患堪かたく、狂気の如くにして (改頁) 父母の遠行を残り多しとせす、
養家をて不行跡の科あり。今我路途に迷ふとて身儘にして再家に帰らん事を欲す。養母
憤りて免し給ハす。是畢竟己か...
■むしくら日記 [現代訳] 2巻 亨
[[現代訳]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
いて、それでは足りないといって、さらに10俵を寄付しようと申し出ましたので、為之助
は走って忠蔵の次の宿泊所まで行って申し出ました。夫の死を嘆く中にもこのように心配
りをして寄付をしたことを褒め称えない者は...
■違作書留帳 [現代訳]
[[現代訳]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    3.一揆・騒動、藩史、民権運動の記録
悪い、我らは御蔭でかなり取る、籾二十五俵、粟十三俵三斗ほど、だんだん騒がしく、十
二月一日に奈良井伝馬宿、(改頁)「がらく」持参、穀類をねだる、三匁五分くらいのも
の、粟二升にて取る、十二月八日夜より雨降る...
■違作書留帳 [翻刻]
[[翻刻]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    3.一揆・騒動、藩史、民権運動の記録
おく粟いづれもあしく我等ハ御蔭ニ而ケ成取ル籾弐十五俵粟十三俵三斗程追々さわがしく
十二月朔日奈良井伝馬宿、(改頁)がらく持参、穀類ねだる、三匁五分くらいのもの、粟
弐升にて取〇十二月八日夜より雨ふる、暖気成...