NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ

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■宿継要書留 [現代訳]
[[現代訳]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
屋は、いろいろなことを相談し、内々に済ませるように心得ていること一伝馬町・桜町は
昔から伝馬役を勤める宿場であり、13町とは違うので、町内何事によらず、町年寄たちへ
相談をしないと聞いている。城下町中の年寄役...
■宿継要書留 [翻刻]
[[翻刻]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
可罷在事一町年寄問屋庄屋諸事申談、万端内々ニ而相済候様可相心得事一伝馬町・桜町ハ
古来より伝馬役相勤候宿場ニ而、十三町とハ格別ニ付、町内何事ニよら須町年寄共江不及
相談之段相聞候、併御城下町中之年寄役ニ(改頁...
■宿継要書留 [解説]
[[解説]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
めた帳面で、江戸時代初期から中期くらいまでの書類が集められています。人や荷物の継
送りをする伊那街道の宿場と、荷物を付け通す中馬稼ぎの人たちや、荷物を送り出したり
受け取ったりする飯田町商人たちとの争いに関係...
■善光寺道名所図会 [解説]
善光寺道(北国脇往還)
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
は何れも戦国期の領主の城下町の一部を利用して宿造りをしたと考えられています。善光
寺道は脇往還のため、宿場の規模も中山道にくらべると小さいものでしたが、25人・25疋
の人馬を備え公用人馬の継ぎ立てを行なって...
■諸国道中商人鑑 [解説]
3 松井田から追分まで
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
うち104戸が焼失、文化12年には本陣と大家5軒、昭和26年の大火ですべての建造物が失わ
れた。現在は宿場の面影をうかがうことができない。・「お中山道追分小諸へ三里半小田
井へ一里十丁」旅籠屋四軒、店8軒が掲...
■龍駕の跡 (明治11年の天皇北陸・東海道巡行) [ルビ・注記]
龍駕(りょうが 天子の車)の跡(注一)
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
位なりしと。思ふに当時生産力有り志気振ひ居たりしは小諸上田町附近にして、長野は只
参詣人多き梢々大なる宿場たるに止まり、現時の如く繁栄を極め流行の中心となる能はざ
りしならん。龍駕(りょうが)輾((てんきし・...
■犀川を下る記 [解説] ~犀川通船・天竜川通船・千曲川通船の盛衰~
1.犀川通船の盛衰
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
(1)宿場と中馬の反発松本から北国脇往還(善光寺街道)を経由して善光寺まで荷物を
運ぶには、「岡田村・刈谷原村・...
■善光寺道名所図会 [現代訳] 善光寺道名所図会 巻之一
○筑摩 洗馬
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
16左洗馬から郷原(善光寺道の宿場)まで1里半、塩尻(中山道の宿場)まで1里30町です
。京都から江戸まで69宿のうち、洗馬は39宿にあ...
■諸国道中商人鑑 [解説]
4 小田井から本山まで
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
還は鹿曲川(かくまがわ)にそって東南から西北に伸び、道幅は2~3間、京風の格子や出
桁造りの家が残り、宿場の名残をとどめている。天保14年の明細帳によると、町の長さは
6丁余、総家数82、本陣1、脇本陣1、旅...
■戸隠善光寺往来 [解説]
『戸隠善光寺往来』の内容
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
ら善光寺への道中江戸から追分(軽井沢町)までは中山道、追分から善光寺までは北国街
道です。その間を主に宿場をたどりながら簡潔に述べています。また、道中の名所や分か
れ道についても触れています。戸田の渡しにあっ...
■善光寺道名所図会 [現代訳] 善光寺道名所図会 巻之一
○筑摩 郷原
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
21左村井まで1里半、南北8町ほどの道路です。民家が多く、宿場の入口に唐松の大樹が2
株あります。南東の方角(巽の方)に1町ほど列をなして松が茂り、朱色の鳥居をこえ...
■善光寺道名所図会 [現代訳] 善光寺道名所図会 巻之一
○筑摩 村井
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
23右村井宿は、松本へ1里半、南北6町ほどの宿場通りです。民家が多く、町裏にも散在し
ています。宿の入口左側に神明の杜があり、ここの本居神です。伊勢両...
■犀川を下る記 [解説] ~犀川通船・天竜川通船・千曲川通船の盛衰~
2.天竜川通船
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
が天竜川を利用した材木輸送の先鞭となり、天竜川から流送された伊那の材木は江戸をは
じめ、各地の城下町や宿場等の建築材となりました。天竜川を下る材木はすべて満島番所
で改められましたが、享保2年の満島番所通過木...
■戸隠善光寺往来 [現代訳]
[[現代訳]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
境に鎮座している。軽井沢宿、平葉の原、沓掛宿、追分宿は「信濃なる浅間の山」と歌に
詠まれた浅間山の麓の宿場で、まっすぐに行けば京街道・木曽街道で、右の方を小諸宿に
出れば、善光寺そのほか北国に向かう北国往還で...
■善光寺道名所図会 [現代訳] 善光寺道名所図会 巻之一
○筑摩 松本
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
善光寺参詣の旅人の休息地としてにぎわいました。本来宿泊してはいけない旅人の利用が
増えたために、近隣の宿場から、旅人の宿泊を禁止するよう訴訟がたびたびおこされるほ
どの繁盛ぶりでした。53右松本を出て、道を左...
■善光寺道名所図会 [現代訳] 善光寺道名所図会 巻之二
○筑摩 会田
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
26右7町ほどの宿場です。本陣の横内氏の林泉は佳景です。乱橋(みだれはし)まで1里12
町、そのおいだに立峠(たちとうげ)...
■善光寺道名所図会 [現代訳] 善光寺道名所図会 巻之二
○筑摩 乱橋
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
つ両側にあります。険路18町を下って乱橋に至ります。乱橋は間の宿です。ここは、長さ
は4町ほど相対した宿場です。法橋(ほうきょう)へ30町です。そのうち2町が登りで、28
町が下り平坂です。これを中峠(なかの...
■善光寺道名所図会 [現代訳] 善光寺道名所図会 巻之二
○筑摩 青柳
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
31左5町ほど相対して宿場をなしています。麻績宿へ1里10町です。東方の山に青柳氏の城
趾があります。城主は青柳近江守清長・同伊...
■善光寺道名所図会 [現代訳] 善光寺道名所図会 巻之二
○筑摩 麻績
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
336町ほど相対して宿場をなしています。そのほか何軒かが町裏に散在しています。稲荷
山宿へ3里、その間に猿ケ馬場という峠があり...
■善光寺道名所図会 [現代訳] 善光寺道名所図会 巻之三
○水内 善光寺
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
礼から柏原・野尻・越後の二俣・関山・二本木・荒井(新井)までを中山八宿という。ま
た善光寺は北国街道の宿場で、本来の地名は水内郡柳原庄芋井郷長野村である。善光寺如
来がこの地にお移りになってから、地名もまた変...