NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ

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■宿継要書留 [現代訳]
[[現代訳]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
町・桜町が伝馬役を勤めること但馬数4疋以上になる時は、村々より伝馬を差し出すこと
一飯田より市瀬を通り妻籠宿迄本馬1疋につき一宿賄代は、銭500文ずつ下さること人足1
人につき一宿賄代は、銭200文ずつ下さる...
■宿継要書留 [翻刻]
[[翻刻]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
相送り候節、伝馬町・桜町より伝馬役相勤可申事但馬数四疋以上者村々より伝馬可差出事
一従飯田より市瀬通り妻籠宿迄本馬壱疋ニ付一宿賄代銭五百文ツヽ可被下候事人足壱人ニ
付一宿賄代銭弐百文ツヽ可下候事(改頁)15右...
■長野県師範学校生徒修学旅行概況 [ルビ・注記]
長野県師範学校生徒修学旅行概況[全文]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
田に逹す通路にして、頂上まて四里、夫より壱里下り、大平の村落ある(改頁)も、道路
頗る困難なりと云ふ。妻籠に来る、此に木曽義仲の出城の跡と云ふ所あり。午時美富野に
逹す。炎威甚しきを以て、所所の茶店に休止せる...
■二十四輩順拝図会 巻之五 信濃之部・上野之部 [現代訳]
[[現代訳]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
の間に石橋がある。美濃と信濃の境である。坂があり馬籠峠という。ここから山道にさし
かかり、木曽の御坂、妻籠山、三戸野、野尻など、険しい山坂が多い。出る岑入る山の端
の近ければ木曽路は月の影ぞみぢかき須原と上松...
■二十四輩順拝図会 巻之五 信濃之部・上野之部 [翻刻]
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
り馬込に至る。此間に石橋あり。美濃信濃の境なり。坂有馬込峠といふ。是より山路にか
ゝり、木曽のみさか、妻籠山、三戸野、野尻なんど嶮岨なる山坂多し。出る岑入る山の端
のちかけれバ木曽路ハ月の影そみぢかき須原あげ...
■善光寺道名所図会 [解説]
『善光寺道名所図会』の構成
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
左右を示し、道路の左の方、右の方とは西より東に赴く旅客の左右である」と説明してい
ます。また、「中山道妻籠の橋場より右へ折れて、元善光寺へ参り、塩尻へ出る道程は、
後編に譲る」とも記しています。
■善光寺道名所図会 [現代訳] 善光寺道名所図会 巻之一
○筑摩 郷原
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
かれています。松本の方から来る人の分かれる場所です。上方のほうから善光寺へ参詣す
る多くの人は、中山道妻籠(つまご)宿の橋場より右へ入り、飯田の城下へむかい、甲州
(山梨県)の元善光寺へ参詣し、そこから塩尻宿...
■善光寺道名所図会 [翻刻] 善光寺道名所図会 巻之一
○筑摩 郷原
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
標に[右京いせ道、左伊奈諏訪道]松本の方より来る人の左右なり、凡上方筋より善光寺へ
参るに多くハ中山道妻籠宿の橋場より右へ入り、飯田の城下へかゝり、甲州の元善光寺へ
参り、夫より塩尻宿へ出て、此道へ来るなり、...
■信州飯田町家扣 [現代訳]
[[現代訳]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    4.地域の記録
2年より京極修理大夫源高知公が知行されましたが、高120000石の内伊那郡は高800000石
で、木曽妻籠から美濃へかけて40000石でした。上伊那高遠へは、城代として老臣岩崎左
門殿を置かれました。この代に...
■信州飯田町家扣 [翻刻]
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    4.地域の記録
軍功有御帰陣乃時於途中ニ御病死文禄二巳年より京極修理大夫源高知公御知行高拾弐万石
伊那郡高八万石并木曽妻籠添生渡り限り美濃境大白落合中津川辺迄四万石合而拾二万石御
領知也、上伊那高遠へハ為御城代老臣岩崎左門殿...