NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ

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■松本藩庄内組大庄屋御用留 [現代訳]
[[現代訳]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
佐左衛門・等々力伝右衛門・中沢権右衛門・山崎三十郎・中田源二郎・上条長之助・丸山
円十郎右の者が出た、大町両人と松川は不参加会所で御酒をくだされ、御挨拶のため、御
手代の堀箕助殿・青木勘太夫殿が午後五時頃の参...
■松本藩庄内組大庄屋御用留 [翻刻]
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
夫金井源左衛門藤井佐左衛門等々力伝右衛門中沢権右衛門山崎三十郎中田源二郎上条長之
助丸山円十郎右罷出ル大町両人、松川不参右之通罷出ル、於会所御酒被下候、為御挨拶御
手代堀箕助殿青木勘太夫殿七ツ半頃被参、夫より...
百瀬慎太郎トピック(テーマ)百瀬慎太郎ね
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    パスファインダー
対山館主人、山小屋創始者、歌 人としての百瀬慎太郎について案内する。百瀬慎太郎 
北アルプス 針ノ木 大町登山案内人組合 山を想へば人 恋し 対山館主人、山小屋創
始者 石川欣一 深田久弥 宮坂勝彦 石 原き...
■善光寺独案内 [現代訳]
[[現代訳]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
き当たり、石堂町を少し上って左へ行く町である。ここを行けば相生橋を通り、安茂里村
などの村々への道で、大町街道である。苅萱山寂照院西光寺石堂町にある。苅萱法師と石
堂丸の開基である。本尊地蔵菩薩2体ある。これ...
■善光寺独案内 [翻刻]
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
り、○荻原町石堂町を小(ママ)し上りて左りへ行町なり。是を行ハ、相生橋を通り、安
茂里村及村々の用路、大町街道なり。苅萱山寂照院西光寺石堂町にあり。苅萱法師及石堂
丸の開基なり。本尊地蔵菩薩二体あり。是苅萱法...
■善光寺道名所図会 [現代訳] 善光寺道名所図会 巻之二
○安曇 大町
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
13中央海の口へ2里、大町は10丁ばかり相対して宿をなしています。繁昌の地で豊かな家
が多いです。これより借馬・木崎・森・海の口...
■善光寺道名所図会 [翻刻] 善光寺道名所図会 巻之二
○安曇 大町
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
13中央海の口へ弐里、大町は拾丁許、相対して巷をなす、繁昌の地にして冨家多し、是よ
り借馬・木崎・森・海の口・中綱・青木・佐野・...
■むしくら日記 [現代訳] 1巻 元
[[現代訳]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
、川中島に引き比べてとんでもなく騒がしく、あちこち走り回って、取り締まる様子も見
られません。そこから大町に向かう時に余震があり、こちらと同様に思われました。大町
の様子は池田町と同様でございました。そこから...
■むしくら日記 [翻刻] 1巻 元
[[翻刻]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
越仕候、人気甚騒々敷、川中嶋ニ引競候而ハ以之外騒敷、東西へ奔走仕候而、不取締之様
子ニ相見へ候、夫より大町へ出候節地震仕候、此表与同様ニ相覚申候、大町の様子池田町
同様ニ御坐候、夫より稲尾村へ出候所、地割所々...
■善光寺道名所図会 [現代訳] 善光寺道名所図会 巻之二
○安曇 池田
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
じのさわり、月経)には、百姓でも別火する習わしが昔からの風俗としてあるといいます
。(注)仁科神明宮(大町市大字社宮本)は、平安時代後期に伊勢神宮の内宮領となった
仁科御厨の鎮護の社として伊勢から勧請された神...
『長野史料』索引 [解説]
『長野史料索引』解説
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    7.教育、人物・伝記
校長を務めた浅岡一(はじめ)は、渡辺の実弟です。東京師範学校を卒業した渡辺は、明
治8年(1875)に大町大町市)の仁科学校に赴任しました。明治17年(1884)には福島
県にもどりましたが、明治19年(1...
「信濃博物学雑誌」(第3号雷鳥特集) [解説]
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    7.教育、人物・伝記
つであった。県下では明治十年代後半から、植物採集、高山への登山などが行われはじめ
た。明治十六年八月、大町の仁科学校教員であった渡辺敏(はやし)は、窪田畔夫(くろお)
(十二年北安曇郡長就任)らと白馬岳へ登頂...
■むしくら日記 [翻刻] 4巻 貞
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
田畑等余程損所有之、且又同村より一り程脇舞台与申候所より、境之宮与申処之向松平様
御預所専見村江懸り、大町へ之往還筋ニ御坐候由之処、右道筋の内専見村近辺(改頁)32
岩石抜落、通用難相成ニ付、専見村より小袮山...
■犀川を下る記 [ルビ・注記]
犀川を下る記[全文]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
よりはとぞ覚えし。かくて半道ばかりも来しほどにわかれ路あり。左すれば笹平に至るべ
し、おのれさきつ年、大町よりかへるとて雪ふりける日、此にてふみ迷ひしことあり。こ
たびは前に懲りたれば、右して水内の久米路橋(...
■戸隠善光寺往来 [解説]
十返舎一九と信濃
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
0年)、第5編(文化11年)が書かれています。文化11年(1814)には、木曽から松本に入
り、穂高、大町、新町、稲荷山を通って善光寺に参詣し、越後へ抜けました。これが、『
木曽街道続膝栗毛』第6編(文化12...
■善光寺道名所図会 [解説]
『善光寺道名所図会』の構成
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
城下内外の寺社古蹟をめぐります。善光寺道からそれて、松本から糸魚川街道(千国道)
を安曇郡穂高神社から大町にすすみ、仁科三湖・佐野の里まで行きます。松本にもどって
、善光寺道を岡田・苅谷原・会田、立峠を越えて...
■善光寺道名所図会 [現代訳] 善光寺道名所図会 巻之一
○筑摩 松本
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
。橋の架け替えは12年に1回、干支(えと)一回りの寅年と決まっていました。梓川下流
に橋がなく、松本、大町方面の往来に、唯一の頼れる橋であったことから、梓川を挟んで
安曇、筑摩の両郡を統治した松本藩にとって重...
■善光寺道名所図会 [現代訳] 善光寺道名所図会 巻之一
○安曇 池田
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
65左長さ6町ほどの宿駅で、その裏に町が散在し、繁昌の地です。これより大町へ3里です
。この宿の西に近く有明山という高山があります。屏風岳(びょうぶだけ)と五六岳(ご
ろくだけ)...
■善光寺道名所図会 [翻刻] 善光寺道名所図会 巻之一
○安曇 池田
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
65左六丁程相対して巷をなし、其余町裏に散在す、繁昌の地なり、これより大町へ三里、
此宿の西に近く有明山とて高山あり、屏風岳五六岳の間に見ゆ、信濃富士と称す、鶏・雷
鳥・熊・くら...
■安曇・筑摩両郡旧俗伝 [現代訳]
[[現代訳]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    4.地域の記録
大日如来(だいにちにょらい)の化身(けしん、生まれ変わり)であり、犀竜とともに今
は松川組の一本木村(大町市)の西の山にある仏崎(ほとけざき)という所の岩穴に入っ
て隠れていた、それから何年か経ってのちに、小...