NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ

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「上田郷友会月報」記念号中「既往八十年」  [ルビ・注記]
[[ルビ・注記]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    7.教育、人物・伝記
(改頁)8既往八十年宮下釚太郎(中略)(改頁)10(中略)明治二年正月、私が六歳になったの
で、町内の增田先生(名は秀実帽岳と号す)(注1)の門に寺入りをした、門弟が頗(す
こぶ)る多く、部屋の隅から隅まで机...
■秀吉と真田 関ヶ原の役と第二次上田合戦
三成ほか西軍諸将よりの書状
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    4.地域の記録
の檄文に続き、上田城の昌幸の下へは西軍の主要武将よりの書状が続々と届けられた。石
田三成のほか、長束・増田・前田という豊臣家奉行の面々はもちろん、総大将に担ぎ出さ
れた毛利輝元や宇喜多秀家、そして大谷吉継のも...
■松本藩庄内組大庄屋御用留 [現代訳]
[[現代訳]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
改頁)右の者は、明十一日に御呼出しになった、御承知されたい、八月十一日書付をもっ
て申し遣わす、屯事、増田万右衛門、右のとおり改名したので、このことを組下村々と寺
社へも洩れなく申し聞かせること、おって、この...
■松本藩庄内組大庄屋御用留 [翻刻]
[[翻刻]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
(改頁)202右之者明十一日御呼出しニ御座候間、此段御承知被下候、早々以上八月十一
日以書付申遣候屯事増田万右衛門右之通改名ニ候間、此段組下村々并寺社江も不洩様、可
申聞候追而此書付可相返也、申八月十日郡所印...
■秀吉と真田 関ヶ原の役と第二次上田合戦
東西に分かれた真田父子
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    4.地域の記録
東軍に味方することになった。豊臣家五奉行のうち、石田三成と浅野長政が抜けたあとの
長束(なつか)正家・増田(ました)長盛・前田玄以の三名連署。[目録]  &n
bsp; &nbs...
「上田郷友会月報」記念号中「既往八十年」  [解説]
[[解説]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    7.教育、人物・伝記
元年(1864)5月生れ、昭和20年(1945)12月没。生家は上田市袋町・妙光寺前にあった
。町内の増田塾では、後に「花月文庫」を残す飯島花月(保作)と同門であった。松平(
しょうへい)学校では同級生に第2...
■宿継要書留 [解説]
[[解説]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
結晶する研究が始まりだと思います。戦後中馬を本格的に扱った研究は表れていません。
また隣県の山梨県でも増田廣美氏の『商品流通と駄賃稼ぎ』などがあり、信州中馬との関
係も研究されています。中馬に関する史料は翻刻...
■秀吉と真田 神川合戦(第一次上田合戦)と秀吉の動き
家康の真田再征進発と秀吉による懐柔
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    4.地域の記録
田討伐を承認し、さらには上杉景勝に真田支援の禁止を命じてまでいる。八月七日付け上
杉景勝宛ての秀吉の臣増田長盛・石田三成書状では、真田は「表裏比興者」なので成敗す
ることにした、家康が人数を出すだろうが、そち...
■秀吉と真田 秀吉政権下の真田氏
伏見城普請
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    4.地域の記録
間、右の通りに人数を定め出さるべき由に候。恐々謹言。長大(長束大蔵大輔)正家(花
押)極月十七日増右(増田右衛門尉)長盛(花押)石治(石田治部少輔)三成(花押)徳
善(前田徳善院)玄以(花押)真田伊豆守殿御宿...
■秀吉と真田 関ヶ原の役と第二次上田合戦
徳川秀忠軍の上田攻め
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    4.地域の記録
慶長五年(一六〇〇)八月二十五日「会津中納言」上杉景勝から宇喜多秀家・毛利輝元・
前田玄以・石田三成・増田長盛・長束正家という西軍中枢に宛てた書状。これが真田家文
書中に伝わっているのは、真田氏の沼田領・上田...