NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ

本文テキスト検索結果
 
ソート機能:
■信州飯田町家扣 [現代訳]
[[現代訳]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    4.地域の記録
1軒より人足12人分米4斗8升ずつ、12月に入り毎年上納するように仰せ付けられました。
この代米の後に地子米と言われるようになりました。今の城主の代になり13町地子米とな
り、米260石この俵数650俵ずつ差し...
■信州飯田町家扣 [翻刻]
[[翻刻]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    4.地域の記録
米九斗六升宛、半役五間口一軒よ里人足拾弐人分賃米〆四斗八升宛、極月ニ入毎年上納仕
候様被仰付此代米後ニ地子米と申慣し候事、当御代右桧(榑)狩人足代米拾三町地子米
直り、現米弐百六拾石此俵数六百五十俵宛差上申候...
■信州飯田町家扣 [解説]
[[解説]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    4.地域の記録
しては、(1)鎌倉時代から江戸時代までの主な領主の変遷(2)飯田町の出来ていく過程
(3)飯田町町人の地子米上納に至る経過(4)市運上と塩・肴・茶荷物の扱い(5)竪町
と横町の商売物について(6)飯田町町人の山...
■宿継要書留 [解説]
[[解説]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
この記録の中では「大原伊右衛門」という名前で登場しています。飯田町18町のうち5町
は、13町のように地子米という税は収めておらず、伝馬役を勤めていていました。多少の
商売はしていましたが、街道を通過する人々の...
■拾八町家並帳 [解説]
[[解説]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
れていませんが、実際は持っていたと思われます。間口の長さが記されていますが、飯田
町の家持たちの納税(地子米という)は、間口の長さに応じて納められていました。長い
人ほど多くの税を収めました。1間は約1.8mで...