NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ

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■むしくら日記 [現代訳] 2巻 亨
[[現代訳]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
る耕地にいまだ1丈ほども水が溜まっている次第で、損地に関してはまだおよそのところ
の調査もできません。北国街道沿いの丹波島宿から千曲川・犀川の合流する辺りは一面荒
れた瀬になっています。丹波島宿ならびに北国街道川...
■善光寺道名所図会 [解説]
善光寺道(北国脇往還)
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
がばんば)峠を越えて更級(さらしな)郡の稲荷山(いなりやま)宿に出、篠ノ井追分(
しののいおいわけ)で北国街道に合流し、丹波島(たんばじま)で犀川を渡って水内郡の
善光寺町(長野市)へ至る19里半(約180キロメ...
■善光寺道名所図会 [現代訳] 善光寺道名所図会 巻之三
○水内 善光寺
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
思うに、牟礼から柏原・野尻・越後の二俣・関山・二本木・荒井(新井)までを中山八宿
という。また善光寺は北国街道の宿場で、本来の地名は水内郡柳原庄芋井郷長野村である
。善光寺如来がこの地にお移りになってから、地名も...
■善光寺道名所図会 [翻刻] 善光寺道名所図会 巻之三
○水内 善光寺
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
るに、牟礼より柏原・野尻・越後の関川・二《マタ》・関山・二本木・荒井迄を中山八宿
といふ也、又善光寺ハ北国街道の宿駅にして、本名ハ水内郡柳原庄芋井郷長野村なり、如
来此所に遷座の後、地名もまた転じて惣名善光寺と称...
地震後世俗語之種 第1冊 [解説]
絵の解説
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
街ヲ見上ルノ畧図」(石堂田んぼより善光寺市街を見上ぐるの略図)南石堂付近から北を
眺めた絵です。道路は北国街道で、現在の中央通りです。左から流れてくる川は古川で、
この川から北側は家々が建ち並び、市街地になってい...
小諸洪水流失改帳 [解説]
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
千曲川流域において、一地域単位で「戌の満水」による最も大きな被害を受けたのは、小
諸藩の城下町であり、北国街道の宿場でもあった小諸町(現小諸市)である。小諸町は、
中山道追分宿(現軽井沢町)から分かれた北国街道最...
寛保二年大洪水余禄 [解説]
[[解説]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
千曲川流域において、一地域単位で「戌の満水」による最も大きな被害を受けたのは、小
諸藩の城下町であり、北国街道の宿場でもあった小諸町(現小諸市)である。小諸町は、
中山道追分宿(現軽井沢町)から分かれた北国街道最...
小諸大変書 [解説]
[[解説]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
千曲川流域において、一地域単位で「戌の満水」による最も大きな被害を受けたのは、小
諸藩の城下町であり、北国街道の宿場でもあった小諸町(現小諸市)である。小諸町は、
中山道追分宿(現軽井沢町)から分かれた北国街道最...
寛保二年 小諸大洪水変地絵図 [解説]
[[解説]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
千曲川流域において、一地域単位で「戌の満水」による最も大きな被害を受けたのは、小
諸藩の城下町であり、北国街道の宿場でもあった小諸町(現小諸市)である。小諸町は、
中山道追分宿(現軽井沢町)から分かれた北国街道最...
寛保二年 小諸大洪水変地絵図(2)の裏書 [解説]
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
千曲川流域において、一地域単位で「戌の満水」による最も大きな被害を受けたのは、小
諸藩の城下町であり、北国街道の宿場でもあった小諸町(現小諸市)である。小諸町は、
中山道追分宿(現軽井沢町)から分かれた北国街道最...
■龍駕の跡 (明治11年の天皇北陸・東海道巡行) [ルビ・注記]
龍駕(りょうが 天子の車)の跡(注一)
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
此処を先途(せんど勝負を決する大事の場合)と爭ひし川中島に進ませ給ふ。今日の御昼
行在所は下戸倉にて、北国街道中要領の宿場にて、大廈(たいか大きな建物)軒を並べた
り。玉座は旧本陣柳澤嘉一郎の邸内表門の衝に泉水に...
地震後世俗語之種 第1冊 [現代訳]
[[現代訳]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
、参詣の人々は百里の道も遠しとせず、老若男女は往来の足労をも厭わず、ここに集まっ
て来ます。またここは北国街道の道筋で、多くの旅人が行き来します。領地は入り混じっ
ていても、世間で善光寺平と呼ぶその一続きの広がり...
■むしくら日記 [現代訳] 1巻 元
[[現代訳]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
その上山中筋の山崩れが犀川を押し埋めて、水が溜まってしだいに満水となり、もちろん
流水はいっさいなく、北国街道の丹波島宿の渡し場では水が干上がってしまいました。さ
らに、この水の溢れ出し方によって状況がどのように...
浅間焼覚帳 [解説]
[[解説]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
むら〉と八幡宿〈やわたじゅく〉は、ともに小諸藩領であるが別)。著者が与良町の住人
だとすると、江戸から北国街道をやってきて蛇堀橋を渡ると与良町になる、その入口の橋
が架けられた川の名前を書き誤るだろうかとも思われ...
■戸隠善光寺往来 [解説]
十返舎一九と信濃
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
まれました。一九の善光寺参りの文学は、『続膝栗毛』と『金草鞋』がありますが、どち
らも江戸から中山道、北国街道を経て善光寺に参詣する「江戸っ子」の善光寺参りコース
ではありませんでした。『戸隠善光寺往来』は、一九...
■戸隠善光寺往来 [解説]
『戸隠善光寺往来』の内容
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
江戸から善光寺への道中江戸から追分(軽井沢町)までは中山道、追分から善光寺までは
北国街道です。その間を主に宿場をたどりながら簡潔に述べています。また、道中の名所
や分かれ道についても触れてい...
■戸隠善光寺往来 [現代訳]
[[現代訳]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
ようもない。私はそれから戸隠に参詣したいという願いがあって、荒町、牟礼、柏原を通
ってまっすぐ行く道は北国街道なので、左の方の戸隠山への道を杖をついてようやく登っ
て、神前に参拝して、掃除の老人に尋ねたところ、「...
■戸隠善光寺往来 [翻刻]
[[翻刻]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
之様被思、実ニ難有申計者無之候。僕自後戸隠へ参詣之志願候而、荒町、牟礼井を打過、
従柏原(改頁)直道は北国街道、左之方戸隠山之道漸投杖令登山、広前ニ奉額突、掃翁ニ
相尋候へは、戸隠明神は手力雄命、(改頁)13伊勢...
■善光寺道名所図会 [解説]
『善光寺道名所図会』の構成
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
なる『善光寺道名所図会』は、中山道洗馬宿から善光寺道を各宿駅を経て善光寺に至りま
す。さらに善光寺から北国街道を江戸に向い、碓氷峠に至る間の各宿駅ごとに名所古蹟が
まとめられています。その道筋を追うと、洗馬宿から...
■善光寺道名所図会 [現代訳] 善光寺道名所図会 巻之一
○筑摩 郷原
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
のは上品とされています。(注)郷原宿は、慶長19年(1614)に松本城主小笠原秀政が、
中山道洗馬宿と北国街道を結ぶために、北国脇往還を整備したときに設定した宿場の一つ
で、洗馬宿と村井宿の中間にあります。慶長1...