NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ

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■秀吉と真田 秀吉政権下の真田氏
伏見城普請
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    4.地域の記録
めたものであったという。桃山時代・桃山文化の名は、この秀吉の居城、伏見桃山の地名
にちなんでいる。この伏見城普請には、朝鮮へ渡海しなかった東国大名が主に動員されて
おり、真田父子も普請役を割り当てられている(写真)...
■秀吉と真田 秀吉政権下の真田氏
家康の関東移封と真田昌幸・信幸
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    4.地域の記録
することになる。しかし、信幸についても、これ以後は父昌幸と同様、秀吉の直臣扱いと
したことは、その後の伏見城普請への動員などにあたって、家康を介することなく信幸宛
てに豊臣政権から直接の指示が出ていることからも明ら...
■秀吉と真田 秀吉政権下の真田氏
上田城の大改修
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    4.地域の記録
上田城跡より出土している金箔瓦や菊花文様の軒丸瓦などの桃山期に特有な瓦が上げられ
る。また、これには、伏見城普請への参加の経験や、やはり秀吉の城であった大坂城、聚
楽第などでの見聞も当然あずかっていたこととみられる...
■秀吉と真田 関ヶ原の役と第二次上田合戦
真田氏上田領・沼田領の石高
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    4.地域の記録
昌幸領は、豊臣氏よりの言わば拝領高がかなり低い数字になっていた。そのため軍役量、
具体的には朝鮮の役、伏見城普請等への動員の負担が軽くてすんだとも言える。これは信
幸(信之)が相続したときに、加増という形で実際の石...