NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ

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『説諭要略』巻一 [ルビ・注記]
[[ルビ・注記]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    7.教育、人物・伝記
世にいう。俗にいう。(12)誠。まごころ。(13)行いが感心なこと。(改頁)第十二回14権
令廻村シテ伊那郡飯沼村(注1)ノ校ニ至リシトキ。生徒多人数テーブルニ凭(よ)(注2)リ。
教師ノ鞭ヲ揚(あげる)ヲ竢(...
■宿継要書留 [現代訳]
[[現代訳]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
しばかり所持している。伊奈街道の村井より根羽迄16宿と中馬の争論の覚一寛文13(1673
)丑年5月、伊那郡中馬方惣代の宮木村・沢村の者2人が江戸表へ訴え出た。高木伊勢守様
より差紙で、飯田問屋市右衛門・大嶋問...
■宿継要書留 [翻刻]
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
論之節、右通共ニ御取上ケ被仰付写斗所持仕候伊奈海道村井より根羽迄十六宿中馬争論之
覚一寛文十三丑年五月伊那郡中馬方惣代宮木村・沢村之者両人江戸表出訴、則高木伊勢守
様より御差紙ニ而飯田問屋市右衛門・大島問屋又左...
■信州飯田町家扣 [現代訳]
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    4.地域の記録
信州飯田城下町屋の覚え一信濃国下伊那郡郊戸庄飯田郷六本杉長姫城は、下伊那の一城で
、一里東は天竜川一里西は風越山です。南北は城を挟んで荒川が...
■信州飯田町家扣 [翻刻]
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    4.地域の記録
信州飯田町家扣1(改頁)(改頁)2信州飯田城下町屋覚一信濃国下伊那郡郊戸庄飯田郷六
本杉長姫城下伊那之一城にして、一里東ハ天流川一里西ハ風越の嶺、南北ハ城を挟で荒川
流れ、...
■宿継要書留 [解説]
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
された7品の定書②元禄7(1694)年中馬追いと伊那街道16宿との争論の裁許書③宝永3(1
706)年伊那郡中馬と筑摩郡中馬との争論の裁許書④慶安3(1660)年・享保17(1732)年
・享保20(1735)...
■木曾山林学校要覧 [ルビ・注記]
1.木曽ノ天然
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    7.教育、人物・伝記
曾 山 林 学 校 要 覧31.木曽ノ天然抑々(そもそも)木曽の地たる信濃国の西南隅に位し
、東は上下伊那郡に接し、西は濃飛両国に隣り、南は下伊那郡及恵那山に拠(より)て美濃
国に連り、北は東筑摩・南安曇の2郡...
■信濃国村名尽 [解説]
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    6.行政、政治等の記録
は、現在の長野県はどのようにして成立したのでしょうか。慶応四年(1868)八月二日、
信濃国には県庁を伊那郡飯島に置いた伊那県が生まれました。伊那県の管轄区域は、はじ
伊那郡の三十六カ村に限られていましたが、...
寺子屋師匠の日記 [解説]
概要
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    7.教育、人物・伝記
朔日ヨリ」[目録]「当家初代好古堂芝産一代記全小沢和徳誌焉」[目録]元長野県立歴史館
青木隆幸小沢家は伊那郡小野村(現上伊那郡辰野町)で近世半ばから明治初まで3代にわ
たり手習師匠を務めた家である。身分は農民で...
『説諭要略』巻一 [解説]
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    7.教育、人物・伝記
を説諭しし、学事進捗状況などを検査したのである。永山権令は七年三月二十二日から六
〇日間の日程で諏訪・伊那郡、八年八月三十一日から十一月にかけて安曇・筑摩郡、飛騨
三郡を説諭して回っている。諏訪・伊那郡下二三〇...
地震後世俗語之種 第1冊 [現代訳]
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
の皇極天皇が蘇生なさった縁で、本多善光に勅命があって、諏訪の国にお連れして安置い
たしました。今でいう伊那郡座光寺(元善光寺)がこれです。天平3年(731)壬寅の年に
諏訪国は信濃国に改められ、この信濃の芋井の...
寛保二壬戌年金井村戌出水万覚留帳 [解説]
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
ま一気に土砂が流下した可能性もある。類例としては昭和36年(1961年)の「36災害」の
際、長野県下伊那郡大鹿村大西山で発生した山体崩壊や、昭和59年(1984年)長野県西部
地震にともなう御嶽山の崩壊(いわ...
■犀川を下る記 [解説] ~犀川通船・天竜川通船・千曲川通船の盛衰~
おわりに
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
編Ⅱ近世(松本市平成7年)※「松本市史」第2巻歴史編Ⅲ近代(松本市平成7年)※「下
伊那史」第8巻(下伊那郡教育会平成18年)※「小布施町史」(小布施町史刊行会昭和50
年)※「千曲川一世紀の流れ-明治26年測...
■長野県師範学校生徒修学旅行概況 [ルビ・注記]
長野県師範学校生徒修学旅行概況[全文]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
凡廿一里。午前五時三十分、開善寺を出発ち、半里程許にして、時又に達す。通船会社を
伊原文平とふ。兼て下伊那郡衙に依頼し、会社に船五艘を準備せしむ。一艘の買上代金十
八円、五艘即ち金九十円、一艘に乗客凡二十人、舟...
■戸隠善光寺往来 [現代訳]
[[現代訳]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
皇13年、本尊の阿弥陀如来が百済から渡来したが、あえて信仰しようとする者はなかった
。推古天皇10年、伊那郡麻績里(おみのさと)宇沼村に寺を建てたのが始まりで、その後
皇極天皇元年、仏のお告げによって水内郡に建...
■善光寺道名所図会 [現代訳] 善光寺道名所図会 巻之三
○水内 善光寺
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
ので、その上に如来を安置して、親子三人一緒に慎み敬い、心をつくして供養をしてさし
あげた。如来が当国の伊那郡におられたのは、41年の間である。第36代皇極天皇元年壬寅
(みずのえとら)の年(642年)になって、...
■善光寺道名所図会 [翻刻] 善光寺道名所図会 巻之三
○水内 善光寺
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
けれバ、此上に如来を安置し奉りて、親子三人倶に朝夕恭敬し、心ばかりの供養をなし奉
りける、如来当国にて伊那郡に止住し給ふ事既に四十一年の間なり、人皇三十六代皇極天
皇元年壬寅にあたつて、如来告て宣く、当国水内郡...
■安曇・筑摩両郡旧俗伝 [現代訳]
[[現代訳]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    4.地域の記録
曇ノの両郡ははてしなく広い海原(うなばら)だった、中山の崎から湖が入るので塩崎と
いい、その潮は伊奈(伊那)郡へ流れる、塩尻(しおじり、塩尻市)の名もここからはじ
まった、深瀬(ふかせ)というの、その湖の中にあ...
■秀吉と真田 神川合戦(第一次上田合戦)と秀吉の動き
家康の命令による上田築城の開始
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    4.地域の記録
康は、三月には「佐久小県の逆心」の徒の討伐のためとして、昌幸に近く出馬する旨を伝
えるとともに、南信濃伊那郡の諸士へ出陣を命じ、四月には甲府へ出張している。また、
この三月には上杉方の海津城将屋代秀正が家康に内...
■秀吉と真田 名胡桃事件と小田原の役
沼田領の分割裁定
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    4.地域の記録
は真田領として残し、真田の減少分の替地は家康より渡すべし、というものだった。この
替え地については信州伊那郡で与えられており、天正十七年十一月に信幸が上伊那箕輪の
地を家臣に給した宛行状が何通か知られている。真...