NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ

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地震後世俗語之種 第1冊 [解説]
絵の解説
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
1-9「従犀川渡舟善光寺遠見之畧図」(犀川渡舟より善光寺遠見の略図)現在の丹波島
付近にあった丹波島の渡しを、南から見た図です。右下に「従丹波嶌駅善光寺迄一里」(
丹波島駅より善光寺...
■龍駕の跡 (明治11年の天皇北陸・東海道巡行) [ルビ・注記]
龍駕(りょうが 天子の車)の跡(注一)
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
ま)縁の厚き畳二枚を並べ高座を設けたり。清人高乾筆花鳥の軸物を巻きたる儘にて床に
供へたり。原村御発輦丹波島区会所[旧本陣柳島ひでの邸宅]構内なる御小休所に著御在ら
せ給ふ。此御小休所は古松生ひ茂れる庭内池の辺...
■むしくら日記 [現代訳] 1巻 元
[[現代訳]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
立てて動揺するであろうことを恐れてのことです。)またしばらくすると柘植嘉兵衛が来
て、「ただ今、部下が丹波島より戻り、洪水が押し寄せるのは間違いないと報告いたしま
した」と申します。「今もそれを言っていたのだが...
■むしくら日記 [翻刻] 1巻 元
[[翻刻]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
はなち遣りたらは(改頁)又騒き立て、同様せんを恐れてなり、]又暫し過て柘植嘉兵衛
来りて、只今手付の者丹波島より戻り、水押来る事相違なしと注進候と申、今も其事也、
彼者水の来るを見しやと問に、是もまた人足の申せ...
■むしくら日記 [現代訳] 2巻 亨
[[現代訳]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
1丈ほども水が溜まっている次第で、損地に関してはまだおよそのところの調査もできま
せん。北国街道沿いの丹波島宿から千曲川・犀川の合流する辺りは一面荒れた瀬になって
います。丹波島宿ならびに北国街道川田宿・福島宿...
■むしくら日記 [翻刻] 2巻 亨
[[翻刻]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
之内ニは地窪之耕地今以猶一丈程も水溜居候次第ニ而、損地等之儀は(改頁)中々凡之見
極も不行届、北国往還丹波嶋宿辺より千曲川・犀川落合之辺ハ一円之乱瀬ニ相成、丹波嶋
宿并北国往還川田宿・福嶋宿之三宿前条之次第ニ而...
■むしくら日記 [翻刻] 4巻 貞
[[翻刻]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
自普請可申付候得共、犀川・千曲川領内普請所延長四万八百四拾三間余有之、莫太之普請
所、自力ニ及兼、就中丹波嶋宿之儀は北国往還筋ニ候処、人家流失も多分有之、一宿不残
四五尺程之泥入、并北国脇往還川田・福嶋両宿、是...
弘化丁未夏四月十三日信州犀川崩激六郡漂蕩之図 [現代訳]
[[現代訳]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
まりました]。さすがの大河もここに至って一滴の水も流れず、下流のいくつもの渡船場[
長井・村山・小市・丹波島等]はその時は水がなくなって、人々はみな徒歩で渡って避難
しましたが、まったく足をぬらすことがありませ...
弘化丁未夏四月十三日信州犀川崩激六郡漂蕩之図 [翻刻]
[[翻刻]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
さバかりの大河こゝに於て水一滴(てき)もらす事なく、下流いくばくの船渡(せんと)
[長井・村山・小市・丹波島以下]一時水落舟くだけて人みな徒行(かちわたり)して逃(
のが)れ、あへて踵(くびす)をぬらす事なし[...
「上田郷友会月報」記念号中「既往八十年」  [ルビ・注記]
[[ルビ・注記]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    7.教育、人物・伝記
1)を渡る頃に、夜は全く明け放れて、篠の井で朝飯、坂城て昼飯の順序で、存外早く上
田へ着いた。(注1)丹波島の渡し。慶長年間北国街道の整備により、丹波島の渡しが置
かれ、主要な渡しとなる。急流であったため両岸か...
地震後世俗語之種 第2冊 [解説]
絵の解説
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
のような流れが平野部に注いでいます。水は大波のようになって、平野部の集落を飲み込
んでいきます。右の「丹波嶋駅」の北側は干上がった犀川があって、綱を渡した丹波島
渡しがあります。この辺りも間もなく水に飲み込ま...
■むしくら日記 [現代訳] 3巻 利
[[現代訳]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
、一波押し寄せて来るとみる間に、たちまち押し流され、堂も家屋も行方が分からなくな
ったとのことです。◯丹波島の者は、老人や女子供は山々に引きこもり、あるいは親族の
もとへ避難して、わずかに若者30人ばかり残って...
■むしくら日記 [翻刻] 3巻 利
[[翻刻]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
別当も油断して取片付もせさりしか、一浪打来るとみしか忽チ押流して、堂も家屋も行か
たしれす成しと云、○丹波嶋の者、老幼婦女ハ山々へ引籠り、或親族の許へ避遁れ、僅に
若者三十人計残り問屋前に集り、(改頁)15船一...
■二十四輩順拝図会 巻之五 信濃之部・上野之部 [現代訳]
[[現代訳]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
川は、北国(ほっこく)にある長流である。この犀川を渡り、千曲川との間を、川中島と
呼んでいる。その西を丹波島という。ここは昔治承の末、木曽義仲と越後の住人城太郎資
平(助職)の合戦があった古戦場である。東の方に...
■二十四輩順拝図会 巻之五 信濃之部・上野之部 [翻刻]
[[翻刻]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
号し、新潟の湊より北海に入る。此川北国中の長流なり。此犀川を渡り、千隈川の間を川
中嶋とよべり。其西を丹波嶋といふ。此所いにしへ治承の末、木曽義仲と越後の住人城太
郎資平合戦ありし古戦場なり。東の方に上杉入道謙...
■信州善光寺御堂額之写 [現代訳]
[[現代訳]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    8.民話、俳諧、絵画等
お参りする道中で、女房が病死いたしました。夫の吉蔵は2歳になる子を懐に抱いて善光
寺へと急ぎましたが、丹波島のあたりから女房の姿がうっすらと見えていました。夫と供
の2人が不思議に思っていたところ、山門の内で女...
地震後世俗語之種 第1冊 [解説]
『地震後世俗語之種』の価値
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
ていました。『地震後世俗語之種』は、江戸時代の善光寺御開帳を絵に描いている唯一の
本でもあります。また丹波島の渡し(1-9)、石堂(1-12)、城山(1-53)などは、当
時の善光寺周辺の風景・風俗を描いた貴重...
地震後世俗語之種 第1冊 [解説]
『地震後世俗語之種』の諸本
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
24の記述から分かります。この人物についての詳細は不明ですが、郷土愛を持った人物ら
しく、原本にはない丹波島渡船場の北側の図(1-23・24)や、新田町・石堂の図(1-10
1)を新たに付け加えています。これら...
地震後世俗語之種 第1冊 [現代訳]
[[現代訳]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
てこの場所を決めたものです。舟着き場は最も川上にあった時は、裾花川の合流点を過ぎ
てそこから南下して、丹波島宿本陣の真北に当たる場所で、最も川下にあった時は綱島の
裏にかかっていました。そのころ俗説で、舟着き場...
地震後世俗語之種 第1冊 [翻刻]
[[翻刻]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
より渡船の便利をはかりてこゝに位置を定めしなり。渡船口は、最も上なるときは裾花川
を渡りそれより南して丹波島駅本陣の真北にあたり、最下なるときは綱島うらにかゝるな
り。其頃俗諺にいふ、船場口上なるときは米穀の直...