NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ

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「上田郷友会月報」記念号中「既往八十年」  [ルビ・注記]
[[ルビ・注記]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    7.教育、人物・伝記
師範学校(注7)県庁等を見て廻った。(注1)増田秀実。当時の代表的な寺子屋師匠。上
野尚志とともに、『上田藩教育沿革史』をまとめ、明治17年県に提出した。(注2)「花
月文庫」を残した銀行家。文久三年~昭和六年...
■幕末の先覚者赤松小三郎と実母宛書簡 [解説]
京都で家塾、薩摩藩邸で開塾
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    7.教育、人物・伝記
申上候口上書」を上げた。幕府は小三郎の逸材を認め、「開成所教官兼海陸軍兵書取調役
」に抜擢しようとして上田藩に交渉してきた。しかし、上田藩は嫉視からかこれを断り、
代わりに小三郎に上田への帰藩を命じてきた。小三...
■幕末の先覚者赤松小三郎と実母宛書簡 [解説]
幕末の先覚者赤松小三郎
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    7.教育、人物・伝記
赤松小三郎は上田藩士芦田勘兵衛の二男、天保2年(1831)4月4日、今の上田市木町に生ま
れた。諱(いみな)は友裕、又惟...
■幕末の先覚者赤松小三郎と実母宛書簡 [解説]
薩幕一和の提唱と遭難
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    7.教育、人物・伝記
説き、薩幕一和に着手した。しかし、当時既に薩長同盟が秘かに結ばれて、討幕論が勢力
を得つつあった。時に上田藩から帰藩の命が頻繁で、東帰に決め、薩摩藩門弟等のために
一夕惜別の宴を催したという。その数日後、赤松小...
■幕末の先覚者赤松小三郎と実母宛書簡 [現代訳]
[[現代訳]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    7.教育、人物・伝記
芦田のお母様小三郎(実家芦田家の母宛の手紙。小三郎は嘉永7年(1854)上田藩士赤松弘の
養子となった。)一筆啓上申し上げます。段々暑くなってまいりましたが、皆様にはご無
事でお過ご...