NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ

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■明治3年歎願書 [解説]
[[解説]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    5.繁盛記、社史、産業の記録
[目録]上田歴史研究会阿部勇明治新政府が発足してまもない明治2(1869)年、上田藩
全域におよぶ騒動が起きました。いわゆる上田騒動です。領内全域が混乱、騒動の影響は
他領域にまで及びま...
■原町問屋日記(安政六年) [解説]
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    4.地域の記録
日横浜で芝屋清五郎が(イギリス商人に)売ったという話が事実に近いだろうと言われて
きた。本当だろうか。上田藩の生糸輸出を追ってみよう。幕府老中であった上田藩主松平
忠固(忠優を改名)は、この前年すでに老中を罷免...
「上田郷友会月報」記念号中「既往八十年」  [ルビ・注記]
[[ルビ・注記]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    7.教育、人物・伝記
師範学校(注7)県庁等を見て廻った。(注1)増田秀実。当時の代表的な寺子屋師匠。上
野尚志とともに、『上田藩教育沿革史』をまとめ、明治17年県に提出した。(注2)「花
月文庫」を残した銀行家。文久三年~昭和六年...
■明治3年歎願書 [現代訳]
[[現代訳]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    5.繁盛記、社史、産業の記録
での中心となる仕事でございます。ご開港以来、特に蚕種紙は国益となる産物の第一のも
のとなりました。特に上田藩内の蚕種紙は最もすぐれた品と称賛されてきました。毎年そ
れぞれの家で精を出して製造し、横浜へ出荷してき...
■原町問屋日記(嘉永六年) [解説]
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    4.地域の記録
[目録]上田歴史研究会阿部勇原町問屋日記「ペリー来航と上田」上田藩主松平忠優(忠固
)はペリー来航のとき、幕府老中の座にいた。したがって、少なくとも来航の前年には、
オラ...
寛保2年 戌の満水 原町問屋日記より [解説]
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
との境、大日向以下は真田地域です。この両地区での被害も甚大なものでした。・川中島
、稲荷山、塩崎地域は上田藩松平氏の近親者が納めている領地ですから情報が入り『問屋
日記』に記されているのです。八月一日には稲荷山...
■善光寺道名所図会 [現代訳] 善光寺道名所図会 巻之五
○小県郡上田
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
し、長瀬・腰越を経て中山道の長久保宿へ出る道があります。大矢から長久保までは2里1
6町です。(注1)上田藩主松平忠優(ただます)(のち改名し忠固(ただかた))は、『
名所図絵』が書かれたころ幕府の老中で、江戸...
浅間焼覚帳 [現代訳]
[[現代訳]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
は、みはり(新張)村の酒屋所右衛門を打ちつぶし、焼き払った。矢沢旗本領では、赤坂
村の酒屋市郎右衛門、上田藩領では真田村の金次郎・横尾村の文七を打ちつぶし、焼き払
った。騒動勢はそこから下り、伊勢山村へ行き、上...
■信濃国諳射図記 [解説]
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    6.行政、政治等の記録
本を発刊しました。『信濃國村名尽』『國勢變革提要全』『読法略解三字経』『信濃國小
縣郡年表』などです。上田藩士の子として、文化八年(一八一一)に生まれた尚志は、
田藩校「明倫堂」で学び、ペリー来航に際しては、...
■幕末の先覚者赤松小三郎と実母宛書簡 [解説]
京都で家塾、薩摩藩邸で開塾
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    7.教育、人物・伝記
申上候口上書」を上げた。幕府は小三郎の逸材を認め、「開成所教官兼海陸軍兵書取調役
」に抜擢しようとして上田藩に交渉してきた。しかし、上田藩は嫉視からかこれを断り、
代わりに小三郎に上田への帰藩を命じてきた。小三...
地震後世俗語之種 第2冊 [現代訳]
[[現代訳]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
を尊んで敬うべきです。なおその他の恩恵を調べて、後巻に載せます。○中之条代官所・
中野代官所・松本藩・上田藩・同分家・椎谷藩・飯山藩・善光寺の各領地では、救援の手
当てが大きく支給され、まことに有り難いことです...
弘化丁未春三月二十四日信州大地震山頽川塞堪水之図 [解説]
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
を見ていました。昌言はそうした体験をもとに被害の状況をまとめ、8月に幕府の学問所
の許可を得、9月には上田藩の許可も得て、この2図を出版しました。上段の文章冒頭で『
三代実録』と『扶桑略記』の仁和3年(887)...
寛保二壬戌年金井村戌出水万覚留帳 [解説]
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
した被害届や復興のための入用金関係の書類とともに、8月1日の被災体験と新村建設の経
緯が綴られている。上田藩や松代藩は被害報告書を作成しており、被害の実態が比較的明
らかにできるが、祢津知行所には知行所全体の被...
寛保2年 戌の満水 原町問屋日記より [現代訳]
[[現代訳]]
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
害はそれほどではありませんでした。一千曲川筋からの流死者は秋和の正福寺へ無縁塚を
建てて埋葬するよう、上田藩主様がお指図しました。以下、流死者等についての記述が続
きますが、写真版の本文はここで終了しています。...
宮坂弥五左衛門古記録 [解説]
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    1.震災・火災・水害等災害の記録
記されており、寂蒔地域の「戌の満水」研究にとっては画期的な史料である。また、坂木
代官所支配地の多くは上田藩領と松代藩領の境界部に位置するが、この大水害に関する史
料がなく、研究の空白地帯になっている。「古記録...
■善光寺道名所図会 [現代訳] 善光寺道名所図会 巻之四
○埴科郡坂木
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    2.紀行文・道中記、地誌
、上田城下までの村々は、現在はすべて上田市となっています。(注4)『名所図会』が
書かれたころ、新町は上田藩塩尻組、現在は上田市常磐城です。(注5)現在の上田市別
所温泉です。
■上田案内 [解説]
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NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    4.地域の記録
和の終わり)創業を続け、現在は国の重要文化財となっている。「小島鉄工場」は、江戸
時代から明治初期まで上田藩の鋳物師であり「鍋大」の愛称で親しまれていた。信濃国分
寺八日堂の縁日には、上田小県はもちろん、佐久や...
■松代イラストマップ
15小山田家住宅
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    4.地域の記録
像が表示されます。小山田家住宅小山田家は矢澤家と並び、松代藩を代表する家老の家。
幸村の姉、村松殿は、上田藩真田信之の家臣・小山田茂誠に嫁いでいる。小山田家には、
夏の陣を前に幸村が村松殿宛てに送った書状(「さ...
■幕末の先覚者赤松小三郎と実母宛書簡 [解説]
幕末の先覚者赤松小三郎
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    7.教育、人物・伝記
赤松小三郎は上田藩士芦田勘兵衛の二男、天保2年(1831)4月4日、今の上田市木町に生ま
れた。諱(いみな)は友裕、又惟...
■幕末の先覚者赤松小三郎と実母宛書簡 [解説]
薩幕一和の提唱と遭難
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ    7.教育、人物・伝記
説き、薩幕一和に着手した。しかし、当時既に薩長同盟が秘かに結ばれて、討幕論が勢力
を得つつあった。時に上田藩から帰藩の命が頻繁で、東帰に決め、薩摩藩門弟等のために
一夕惜別の宴を催したという。その数日後、赤松小...