石川県立図書館/大型絵図・石川県史

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第二章 加賀藩治創始期 第五節 三國統一
利常、利長の養老封を受く
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
この頃土井利勝は、將軍秀忠の台旨を奉じて駿府に到り、利常をして利長の遺領を繼承せ
しむべきや否やに就いて、家康の指令を請ひたりき。これ利長の養老領...
第二章 加賀藩治創始期 第八節 社稷の危殆
課役の沿革
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
とせし時には、諸侯多くその役に從ひしが、加賀侯利長も固よりその一人なりき。次いで
同十二年三月、幕府又駿府城經營のことを利常に囑せしに、五月利長は金澤の老臣及び工
事に從ふ諸吏に、法度定目十七條を頒ちて之に服...
第二章 加賀藩治創始期 第五節 三國統一
利常の東上
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
十八年利常は家康を見んが爲に駿府に赴き、五月二十日登城して白銀五百枚・綿五百把・
絹二百疋を上り、隨從の士横山長知・奧村榮明・奧村榮頼...
第二章 加賀藩治創始期 第五節 三國統一
利長の薨去
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
もする能はざる所なりと。乃ち溘焉として薨ず、齡五十三。時に慶長十九年五月二十日な
り。計二十五日を以て駿府に達す。家康偶碁を圍みたりしが、『利長の事、さて〱惜しき
事、笑止なり。』といひ、直に石を投じたりと白...
第二章 加賀藩治創始期 第七節 大阪兩陣
豐臣氏の諸將擧兵の意を告ぐ
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
宜しく軍容を壯にして出陣せらるべしと。利長之に應へず、大阪より遣はしゝ書を齎し、
本多正純を介して之を駿府に上らしめき。家康之を見て曰く、假令豐臣氏にして金銀を蓄
積すること山の如くなるも、頃者社寺を興隆せん...
第二章 加賀藩治創始期 第五節 三國統一
幕府新川郡の返上を前田氏に命ず
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
置を政重に計りしに、彼は父兄の盡力を請ひてそのことなからしめんと欲し、當時江戸の
老中たりし本多正純と駿府附老中たりし本多正信とを訪ひて、前田氏が新川郡を領有する
に至りたる事情を述べ、長く之をその封土とする...
第二章 加賀藩治創始期 第六節 基督教の傳播
高山南坊
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
る。その教名をドン・ジユーストといひ、南坊大虚は彼が薙髮後の名なり。南坊のミナミ
ノボウと訓むべきは、駿府記に南之坊とし、パゼーはジユースト・ミナミノボウと記した
るによりて之を知るべし。南坊は攝津高槻の城主...
第二章 加賀藩治創始期 第六節 基督教の傳播
南坊等の捕縳
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
南坊等の捕縳が何れの日に在りしかは、今之を明らかにする能はず。駿府記によれば、『
正月廿六日(慶長十九年)、松平筑前守利光(利常前名)使札到來。高山右近[南之坊也
]・内...
第二章 加賀藩治創始期 第八節 社稷の危殆
利孝七日市侯に封ぜらる
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
元和二年家康は駿府に在りて病みしを以て、三月利常往きて之を訪ひしが、四月十七日に
至りて遂に薨じ、尋いで將軍秀忠は、家康...
第五章 加賀藩治終末期 第七節 北越戰爭
加賀藩能登の舊幕府領を管す
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
三月六日東征大總督は駿府に次し、東海・東山・北陸三道の先鋒總督に令を發し、十五日
を期して齊しく江戸城に向かひ進撃せしめんとせ...