石川県立図書館/大型絵図・石川県史

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第三章 學事宗教 第十節 佛教
雲堯
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第三編
雲堯、字は泰山、越前の守護朝倉氏の族なり。八歳にして同國寶圓寺に投じ、後能登の長
齡寺に住し、總持寺に昇り...
第二章 加賀藩治創始期 第八節 社稷の危殆
利常夫人の逝去と天徳院の建立
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
相副、御供御介添の人々も、五日も十日も目を泣きはらしてぞ居られける。寳圓寺伴翁(
繁應)和尚の次師に、雲堯和尚導師にて、御戒名は天徳院殿乾運淳貞大禪定尼と號し奉る
。夫より御寺御造營あり。則天徳院と號し、關東...
第三章 學事宗教 第十節 佛教
總持寺對永平寺の爭議
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第三編
は、素より家康の方寸によりて決したる所なりといへども、亦加賀の桃雲寺主にして家康
の宗教顧問たりし泰山雲堯の與りて力ありしによるといはる。是より總持・永平の二寺は
互角の勢を以て對峙したりしを以て、屢爭議を釀...
第三章 學事宗教 第十節 佛教
徐天
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第三編
徐天、字は關空、俗姓河合氏、加賀の人なり。初め寶圓寺の象山徐芸に就きて剃度し、次
いで長齡寺の泰山雲堯に謁し、遂に印可を受けてその席を繼ぎ、尋いで總持寺に昇り、桃
雲寺に遷る。寛永八年前田利常乞ひて寶圓寺...