石川県立図書館/大型絵図・石川県史

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第二章 加賀藩治創始期 第九節 金澤城及び城下
市區の擴大
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
整理を施すべき必要ありしかば、上口の寺院を泉野に集めて寺町と稱し、下口のものを卯
辰に合し、利家の墓所野田山に至る往來に並松を植ゑ、宮腰に達する道路を一直線たらし
むる等の事を爲し、瀧與右衞門をして土工を監せし...
第二章 加賀藩治創始期 第三節 前田利家の晩年
利家の遺言
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
また生平思慮の精洽を窺ひ知るべし。我等煩彌爾々無之候間、近々余存候。相果候者、長
持に入れ金澤へ下し、野田山に塚をつかせ可レ被レ申候。則我等死骸と一度に、女ども加
賀へ下し可レ被レ申候事。一、孫四郎義(利政)、...
第二章 加賀藩治創始期 第三節 前田利家の晩年
利家の薨去
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
澹たるべきを豫想するものあり。二十四日後陽成天皇詔して利家に從一位を贈り給ひ、次
いで四月八日之を城南野田山に葬る。法諡を高徳院桃雲淨見といふは、利家の曾て僧大透
圭徐に參禪せし時、桃花の夭々たるを見て頓悟した...
第三章 加賀藩治恢弘期 第二節 前田利常の監國
利常の薨去
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
を發して暴かに薨去せり。之を以て忌辰は十二日とせらる。因りて三宅野に於いて荼毗に
附し、遺骨を金澤城南野田山に葬る。三宅野の葬送は菅君雜録に之を十月廿二日に在りと
するも、前後の事情を案ずるに聊早きに失するの感...
第三章 加賀藩治恢弘期 第二節 前田利常の監國
利常夫人
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
小立野に葬り、寺を建てゝ亦天徳院といへること、皆前に述べたるが如し。寛文十一年改
めて利常墳墓の地たる野田山に移葬す。
第三章 加賀藩治恢弘期 第二節 前田利常の監國
富姫
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
に生まれ、寛永十九年九月八條宮智忠親王の妃となり、寛文二年八月廿二日歿す。享年四
十二。眞照院と諡し、野田山に歸葬す。前田氏の出にして皇族に列したるもの、この外に
明治の後有栖川威仁親王妃となりし慶寧の女慰姫あ...
第三章 加賀藩治恢弘期 第四節 極盛極治
綱紀の大願十事
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
院を指して天徳寺と記したるは、天徳院が利常夫人の爲に造られたる廟所なるも、夫人の
墳墓は先に寛文十一年野田山に移されたるを以て、利常の靈牌と共に新御佛殿に合祀し、
同時に天徳院はこゝに埋葬せられたる光高のみの菩...
第三章 加賀藩治恢弘期 第四節 極盛極治
綱紀の官歴
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
江戸に薨ぜり。諡して松雲院徳翁一齋といふ。遺骸は同月二十日江戸を發し、六月七日金
澤天徳院に着し、十日野田山なる先塋の次に葬る。後明治四十二年九月十一日從二位を贈
らる。
第三章 加賀藩治恢弘期 第六節 社會種々相
長坂新村と潟端新村
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
最も社會政策の成功せるものに屬す。即ち非人小屋開設の後一年にして、綱紀は收容者を
夫婦たらしめ、石川郡野田山の麓に長坂新村を創立して開墾に從事せしめしが、次いで翌
寛文十二年綱紀河北潟の畔に遊獵してその地に稻田...
第四章 加賀藩治停頓期 第一節 大槻騷動
吉徳の卒去と怪聞
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
日の晝も雷一聲おとづれ、是はさまでの事にてなし、無レ程空も晴る也。八日以來の雷鳴
後にぞ思合ける。其外野田山大納言(利家)樣御廟所も鳴動したる由沙汰有れども、是は
慥に不レ聞。雷の半は心付の品も有る故に、爰に是...
第四章 加賀藩治停頓期 第一節 大槻騷動
前田吉徳の略歴
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
く、同月十八日諱を吉徳と改む。延享二年六月十二日享年五十六歳にて金澤に卒去し、護
國院佛鑑法性と諡し、野田山に葬る。
第四章 加賀藩治停頓期 第一節 大槻騷動
前田宗辰の略歴
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
八日左近衞權中將に進む。三年十二月八日享年二十二歳にて江戸に卒し、十二日發喪、大
應院梅關雪峰と諡し、野田山に歸葬せり。
第四章 加賀藩治停頓期 第一節 大槻騷動
前田重凞の略歴
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
權中將となり、寳暦三年四月八日享年二十五歳にして江戸に卒し、十二日發喪、諡して謙
徳院緝甫尚古といひ、野田山に歸葬す。本多政行宛前田重凞書簡男爵本多政樹氏藏本多政
行宛前田重凞書翰
第四章 加賀藩治停頓期 第一節 大槻騷動
前田重教の略歴
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
復藩政を監せしが、六年六月十二日(實は十一日夜半)享年四十六にして金澤に卒す。泰
雲院仁山彭壽と諡し、野田山に葬る。前田重教畫像侯爵前田利爲氏藏前田重教画像
第四章 加賀藩治停頓期 第三節 風教作振
十一屋仇討の批判
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
是に於いて三太は金澤に出でゝ今井左太夫の馬丁となり、劍を齋藤金平に學び、元和元年
七月十五日權左衞門が野田山に於ける藩祖の墳塋に詣でんとせし時、之をその途十一屋村
に要して本望を達せりと。然れども前人の研究する...
第四章 加賀藩治停頓期 第四節 教諭政治
治脩の略歴
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
前守となり、文化七年正月七日享年六十六歳を以て金谷殿に卒し、九日發喪す。諡して太
梁院俊山徳英といひ、野田山に葬る。後大正六年十一月十七日特旨を以て從三位を追賜せ
らる。前田齊廣畫像侯爵前田利爲氏藏前田齊広画像
第四章 加賀藩治停頓期 第四節 教諭政治
齊廣の略歴
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
月二十一日致仕し、七年七月十日四十三歳を以て竹澤殿に卒し、十二日發喪す。諡して金
龍院文古雲遊といひ、野田山に葬る。
第四章 加賀藩治停頓期 第四節 教諭政治
齋廣夫人
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
天保九年八月廿二日金澤に歸り、明治三年六月八日巽御殿に歿す。享年八十六。諡して眞
龍院瑞圓慈光といひ、野田山に葬る。
第五章 加賀藩治終末期 第一節 奧村榮實の献替
近藤忠之丞の復仇
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
なるが如し。永固また後に諱を行と改む。實は關堂忠左衞門の子にして鈴木氏を嗣ぎ、能
く劍法に通ぜり。城外野田山なる彼の墓碑に、『嘗有二父爲レ人所レ殺者一。先生説以二
大義一。其人感激遂復二其仇一。』といへるは、忠...
第五章 加賀藩治終末期 第四節 元治の變
松平大貳
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
の内旨を得、八月十一日その客舍とせし海津の正行院に屠腹す。大貳時に年四十二。十三
日荼毗に附し、遺骨を野田山なる先塋の次に葬る。慶應元年四月慶寧の謹愼を解かるゝや
、賻を遺族に與へて追悼の意を表し、翌年四月慶寧...