石川県立図書館/大型絵図・石川県史

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第二章 加賀藩治創始期 第八節 社稷の危殆
利常夫人の逝去と天徳院の建立
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
、普く良醫を求めて湯藥を服せしめ、靈神靈佛に祈請し、自ら看護の勞を取るに至りしも
、遂に七月三日を以て逝去せり、年二十四。利常哀悼の極昏倒すること二回に及ぶといふ
。因りて八月八日城の東南小立野に葬り、天徳院...
第三章 加賀藩治恢弘期 第二節 前田利常の監國
清泰院の殂落
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
ば、利常は『扨々是は十方(トハウ)に募るゝ事』なりと嘆じ、後一室に閉居して出でざる
に至れり。清泰院の逝去が、加賀藩の前途に關し如何に重大の關係ありと考へられたるか
を見るべし。利常せめてはその遺骸を金澤に移...
第三章 加賀藩治恢弘期 第四節 極盛極治
綱紀の薨去
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
午下溘焉として薨ぜり。相公(綱紀)樣御客體等之大綱は、第一、五ヶ年前參勤之節、松
姫君(吉徳夫人)樣御逝去之段於二御途中一被二聞召一、殊之外御氣を被レ打、其以後御
勝不レ被レ遊候得共押而御勤。然所去々年(享保...
第四章 加賀藩治停頓期 第一節 大槻騷動
言誑集
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
を觀察したりしかを見るべし。閑隙のあまり庫裏反古を改めしに、此一帖出。延享二乙丑
年六月十二日護國公御逝去成し比、世上大槻内藏允事によりて敷言を言出す。其比の年寄
中等の事まで書盡し、褒貶の事共其時の慰みもの...
第四章 加賀藩治停頓期 第一節 大槻騷動
吉徳の歸城と病症
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
師御願も可レ被レ成哉と、年寄中より申上候。御使御大小將村田判左衞門、同比過右同斷
。同日未之刻相公樣御逝去、御享年五十六。但今曉寅之上刻御逝去に候得共、江戸表之御
首尾御都合有レ之に付、御隱密に而夕七時過御披...
第四章 加賀藩治停頓期 第一節 大槻騷動
吉徳の卒去と怪聞
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
四五居(スヱ)おち候由。輕き儀ながら、御著城之日、御居間之口四枚御襖にて候所、不レ
殘倒に立有レ之。御逝去之以後、ヶ樣成事にも何も心付候由。御病中御召之御馬共何れも
いなゝき、別而此度御葬馬強いなゝき、御飼犬...
第五章 加賀藩治終末期 第九節 版籍奉還
慶寧夫人
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
慶寧の夫人は、有馬筑後守頼永の妹にして親姫といへり。弘化四年四月十三日入輿し、安
政三年正月十三日逝去す。靈鑑院と號し、下谷廣徳寺に葬る。次いで久我大納言兼通の女
にして鷹司太閤政通の養女たりし範君を娶る...
緒言
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
の際幕府と加賀藩との關係を圓滑ならしむべきもの、一に光高の後室あるによりしが、夫
人も亦久しからずして逝去せしかば、老侯利常の困屯殆ど言ふべからざるものあり。則ち
之が缺陷を補はんが爲に、家光の弟保科正之の女...
第二章 加賀藩治創始期 第三節 前田利家の晩年
利家渡海せんとす
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
りしを以て、秀吉は軍事を利家及び家康に委し、二十二日急遽歸洛の途に就きしが、大政
所は恰もこの日を以て逝去したりき。次いで九月七日秀吉は前議を變じ、利家に征明都督
たることを命じ、日を刻して海に航せしめんとせ...
第二章 加賀藩治創始期 第三節 前田利家の晩年
利家夫人の晩年
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
之を國寳に指定す。夫人は慶長十九年六月徳川氏の諒解を得て金澤に歸り、元和三年七月
十六日七十一歳を以て逝去す。利常因りて又夫人の菩提を弔はんが爲に、總持寺の佛殿・
法堂以下を興隆せり。夫人名は松子、信長の弓頭...
第二章 加賀藩治創始期 第五節 三國統一
利長の薨去
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
之煩ニ而死去、五十三。〔慶長年録〕○五月廿五日、自二加賀國一飛脚到來。去廿日加賀
肥前守利長、歳五十三逝去之由、今日申來云々。在府之諸候麾下多士、爲レ追二悼利長一
悉登城。〔駿府政事録〕前田利長畫像侯爵前田利...
第二章 加賀藩治創始期 第五節 三國統一
利長夫人
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高岡より金澤城西ノ丸に移り住めり。是より西ノ丸を玉泉院丸と稱す。元和九年二月二十
四日享年五十歳を以て逝去す。
第二章 加賀藩治創始期 第十節 社會種々相
音曲
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はその母を慰めんが爲に、屢音曲諸藝に堪能なる檢校を招きて技を演ぜしめき。是より後
元和三年七月芳春院の逝去に至る間、利長の後室玉泉院は西ノ丸に在り、今侯利常の夫人
は本丸に在りしかば、侍女從卿最も多く、互に妍...
第三章 加賀藩治恢弘期 第四節 極盛極治
綱紀の上洛
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□質も宜敷、あひ〱敷御□、不レ覺長座仕候。』といへり。而して三條西家に在りては、
夫人壽君已に前年三月逝去したりといへども、綱紀亦之を訪ひて、公福と義父子たるの誼
を厚くし、更に舊故の朝紳と往來し、十六日には...
第三章 加賀藩治恢弘期 第四節 極盛極治
綱紀夫人
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姫萬治元年七月二十七日入輿せしが、寛文六年四月二十一日胎死の男兒を生みたる後病を
發し、二十四日を以て逝去せり。享年十八。諡して松嶺院信巖宗正といひ、下谷廣徳寺に
葬る。
第三章 加賀藩治恢弘期 第六節 社會種々相
寺中の神事能と諸橋波吉兩大夫
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
於二小松一亡父左平次爲二名跡一被二召出一、二十人扶持切米十五石被二下置一、金春流
相勤申候。微妙院樣御逝去後、金殿へ罷出る。寛文七年十一月廿八日死、年三十八。五世
波吉左平次信興、萬治三年生、童名長八郎。松雲...
第四章 加賀藩治停頓期 第一節 大槻騷動
淺尾の最期
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
中、容儀宜候故微妙(利常)院被二召仕一候。夫故御局天徳院樣を疎み、惡敷ものを上げ
候故御あたり被レ遊御逝去と申沙汰に而、微妙院樣事之外御機嫌あしく、御局を御にくみ
被レ遊候。其頃御局之屋敷近所に、粟田久右衞門...
第四章 加賀藩治停頓期 第一節 大槻騷動
宗辰の病状
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
大切之躰に御座候。藥は村田長安老御調合、參附場此間之通用申候。十二日、御養生不レ
遊二御叶一、卯之刻御逝去。〔政鄰記〕前田宗辰畫像侯爵前田利爲氏藏前田宗辰画像
第四章 加賀藩治停頓期 第一節 大槻騷動
吉徳夫人
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
は尾張中納言吉通の妹、前名を磯姫といへり。寳永五年十一月十八日入輿し、享保五年九
月二十日二十二歳にて逝去す。光現院鏡譽圓清と諡し、江戸小石川傳通院に葬る。
第四章 加賀藩治停頓期 第一節 大槻騷動
宗辰夫人
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
宗辰夫人は會津侯松平正容の女にして常姫といひ、延享元年四月二十二日入輿し、二年十
一月晦日逝去す。諡して梅園院心操紹源といひ、江戸下谷廣徳寺に葬る。